第5回 ゲッゲッゲッ、外道か? 男色は香りの中に −アリラン・プレスリーの朧げな告白(5)

ある何かのたくらみ


 閃きのことも忘れ再び蒲団にもどり、軽く小一時間ウトウトしてから起きだすと、体の節々が痛む。
 パジャマを脱いで点検すると、方々が腫れていた。
 とりわけ、後ろ回し蹴りを決めた時に腰を捻った様で、他はごまかせても、ステージに立つのは辛いと判断し、夕べの一件を知る副支配人に、午後、そろそろ店に入った頃を計って電話した。
 生憎、副支配人は席を外していたが、電話に出たのは、支配人達と同じ上質な黒服と高そうなネクタイをし、「バンさん」「バン先生」と呼ばれ、支配人や副支配人たちからも一目置かれながら、この店へ来て数ヶ月経つのに、どんな役職にあるのかは未だによく解らない、60代後半と見受けるが、やたら肌にツヤのある、まるで昔、レコード(左手にブランデーグラス、右手ではジタンを吸っているジャケット写真が似合う)を出したことがある様な遊び人風の男だった。
「ああ、バン・ソンセンニム(先生様)テスカ? キムです、アリラン・プレスリー、自分ですが、今日は夕べちょっとあって腰が痛くてあのう」 
 と、言い終えぬうちに、バン先生様は既に事情を知っている様で、「今日はいいから。お前も日本へ来てから殆ど休みなく毎日ステージに立っているのだから、たまには休んだ方がいい。腰が特に痛むんなら、サウナでも行って、ゆっくりと身体を休めてマッサージでもして貰え」と、太っ腹に答えた。
「カンサニダ!」
「本格韓流キャバレー」と謳いながらも、この店の男性陣では珍しく、社長を除くと唯一の同胞(キョッポ)で、母国語はカタコトしか話せないが、アリラン・プレスリーは電話の向こうのバンさんに、母国語でそのひと言に厚い礼を込めた。
「サウナは何処か良い店アルノデスカ?」と尋ねると、バン先生は、タクシー代くらい払ってやるから店まで来いと言うので、アリラン・プレスリーはとりあえず店へ行った。

 

 

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根本敬※ この写真はイメージです。

根本 敬 NEMOTO Takashi

1958年6月、東京生まれ。1981年、異色のコミック誌『ガロ』(故・長井勝一氏編集)で、漫画家デビュー。以後、特殊漫画家を自称。音盤制作、文章、映像と漫画以外の表現を仕事としつつ、尚も漫画家を名乗るのが“特殊漫画家”たる由縁である。主な漫画作品に『生きる』、『豚小屋発犬小屋行き』、文章作品に『因果鉄道の旅』、『真理先生』がある。最近、蛭子能収氏、佐川一政氏らとハッテンバ・プロダクションなるものを設立し、ある企みを抱いている。