たったひとり部屋にこもって“宅録”した音源や、友達とバンドを組んで貸しスタジオで録ったテープを、お小遣いを使ってCDにして、レコード屋の自主制作コーナーに置いてもらう。それがいつのまにか評判になり、気がついたら“メジャー・デビュー”してロック・スターの仲間入り。そんなサクセス・ストーリーが、ポップスの世界ではあたりまえに起きている。でも、演歌や歌謡曲でも、同じように自分の貯金をはたいてCDを出したり、カラオケ喫茶や健康ランドや、テレビとラジオ以外のマイナーな場所で歌いつづけ、がんばりつづけている人がたくさんいることを、僕らはほとんど知らされていない。

 自分で曲と詞を書いて、録音もして、ジャケットも自宅のプリンターで印刷して、その気になればいくらもかからずにCDができてしまうロックやヒップホップとちがって、演歌や歌謡曲のCDを自分で作るには、数百万円単位の予算が必要になる。作曲家の先生、作詞家の先生、編曲家の先生、バンドマン、ジャケット撮影のカメラマン、それにCDのプレス代に、発売を委託するレコード会社への手数料(ポップスとちがって、歌謡曲の自主制作盤をきちんと扱ってくれるレコード屋は皆無に近いから、発売元のレコード会社がないと、現場で手売りするぐらいしか販売方法がなくなってしまう)・・・。たとえレコード会社が契約してくれたとしても、実態は「プレスした分、全部買い取ってください」という、ほとんど自主制作とかわらない場合が少なくない。

 僕らがカラオケで歌うのは演歌や歌謡曲であることが圧倒的に多いのに、いちばん身近にある歌の世界が、この国ではいちばん過酷な状況に追い詰められている。

 プロの歌手としてデビュー以来、半世紀以上歌いつづけているベテランから、この時代にあえて演歌歌手を目指してバイト代を自主制作CDにつぎ込む若手まで、レベルや芸歴はさまざまでも、歌に賭ける思いの深さはだれにも負けない、そういう歌い手たちをこれから訪ね歩いていく。

 テレビ局と広告代理店とプロダクションがつるんで、でっちあげていくスカスカの歌があり、スナックのステージや商店街の雑踏の中で、ときに無視され、ときに涙と声援を受けながら、うたいつづけられる歌がある。

 君はどちらの歌を選ぶだろうか。君はどちらの歌に選ばれるだろうか。

都築響一 KYOICHI TSUZUKI

都築響一1956年東京生まれ。編集者。
学生時代から現代アート・デザインでライター業に携わり、『ポパイ』『ブルータス』の編集にも参加。
1997年には、東京のリアルな一人暮らしの居住空間を集めた写真集『TOKYO STYLE』を刊行、出版界・写真界に衝撃を与える。
日本各地に点在する珍スポットを集めた『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』では第23回木村伊兵衛賞を受賞。
その後も日ごろ光の当たらない空間・人々・文化など、ジャンルを問わずリアルな日本社会を切り取り続け、精力的に執筆活動を行っている。
近著に、『夜露死苦現代詩』(新潮社)、『刑務所良品』(アスペクト)『着倒れ方丈記』(青幻舎)などがある。