東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第243回

赤い鳥小鳥。

五月某日 雨

 朝から雨が降っているので、散歩にも行かず、家でぼんやり。

 今年はあまり家のまわりでうぐいすが鳴かなかったのだけれど、うぐいすが鳴く時期も終わりくらいの今ごろになって、一羽だけがこのあたりにもやってきたようで、数日前から、さかんに鳴いている。

 ただ、「ホーホケキョ」ではなく、「ホーホケケキョ」と、「ケ」が一つ余分な鳴きかたをするのが、たいへんに気にかかる。うぐいす界の新しいはやりなのか?

 

五月某日 小雨

 数日前に結婚を発表した新垣結衣を祝すために、彼女の初の主演作である『Sh15uya』のDVDをひっぱりだしてきて、久しぶりに見る。2005年の、深夜枠の特撮・アクション・インナースペースものである。

 ほんとうは、恋愛などの成分のある作品を探したのだが、そもそも自分の持っている何十とあるDVDの中で、華やかな恋愛や家族愛やほのぼのした関係性を表現した作品が一つもないことに、探している途中で気がつき、しばらく茫然。

 そのかわりに、暗い因縁による闘いや血族の争いや何らかの怨念から生まれるいまわしい関係などについて表現した作品は、非常に豊富である。

 もちものは持ち主をあらわす、のだろうなあ、という思いにひたりながら、『Sh15uya』を見終わったあとに、すぐさま『ゲーム・オブ・スローンズ』の、一気見に突入する。

243a.gif

 

五月某日 曇

 ようやく雨があがったので、近所に散歩に行く。

 歩き疲れて、公園のベンチでひとやすみ。

 ひざの上に、ぽた、と、何かが落ちてくる。紫色のものである。鳥のふんらしい。紫の実を食べたのだな、きっと。と思いつつ、そういえば昔「赤い鳥小鳥なぜなぜ赤い赤い実を食べた」という曲が怖かったことを思いだす。

 一番は赤い実、二番は白い実、三番は青い実で、どちらにしても、小鳥は食べた実の色になってしまうのだ。とすると、動物は食べたものの色に変色してしまうのか!? と、おののき、昨夜食べたほうれんそうとピーマンのことを思い、いつ自分は緑色になってしまうのかと、何日ものあいだ、悩んだものだった。

 

五月某日 晴

 ずいぶん長い間、外でお酒を飲んでいないな、と思ったとたんに、昔の飲み会で聞いた話を思いだす。ものすごくもてるので有名なO田さん(東京日記5『赤いゾンビ、青いゾンビ。』「生き霊をさばく。」参照)の言葉である。

 O田さんに、

「結婚の決め手は何でした」

 と聞いたところ、

243b.gif

「妻は食べものをくれたから」

 との答え。

「食べもの?」

 聞き返すと、

「おれ、もててはいたけど、ものすごく貧乏で、そのころ代々木公園に寝泊まりしてたし」

 とのこと。O田さんの妻、大物ですね......。

  • 第243回  赤い鳥小鳥。
  • 第242回  生まれてはじめて見ました。
  • 第241回  いろんなくらくら。
  • 第240回  目の前ににんじん。
  • 第239回  掃除機とフェンシング。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)

作家。1958年、東京生まれ。著書に、『センセイの鞄』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『七夜物語』『猫を拾いに』ほか多数。「東京日記」シリーズは、『卵一個ぶんのお祝い。』『ほかに踊りを知らない。』『ナマズの幸運。』『不良になりました。』ほか、最新刊『赤いゾンビ、青いゾンビ』も好評発売中。

平凡社

Copyright (c) 2008 Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo All rights reserved.