東京日記

川上弘美 絵 門馬則雄
第241回

いろんなくらくら。

三月某日 晴

 散歩に行く。道でばったり友だちに会う。新型コロナの感染が始まってから、ずっと会っていなかった友だちである。

 全然、変わっていない。

 もちろん、一年くらいで人が変貌するはずもないのだが、着ている服も、歩く姿も、しゃべりかたも、ついおとといくらいに会ったような感じで、まったく変わっていない。

「これから、どこへ?」

241a.gif

「ちょっと隣の駅まで打ち合わせに」

「元気だった?」

「うんうん、そっちは」

「元気元気」

 言いかわし、左右にわかれる。

 そういえば、去年のはじめ、まだ新型コロナの感染などまったく始まっていなかった頃にも、この友だちとはばったり道で会い、ほとんど同じ会話をかわしたことを、一人になってから思いだす。

 遥かな場所に入りこんでしまったようなくらくら感のため、立ち止まって、何回か深呼吸。

 

三月某日 晴

 桜が満開になる。

 近所の公園の桜並木の下には、立入禁止の網が張られているため、いわゆる宴会のような「お花見」をしている人はいないが、ベンチに座ってゆっくり飲み物を口にはこぶ人や、一人でおむすびを食べている人はいる。

 公園から少しはずれた、人の少ない林の中には、小さなテントをはり、中でじっと並んで座っている父親と息子がいた。

 息子は三歳くらい、体育座りをして、手にはみたらし団子のくしを握りしめている。父親の方は、膝の間に息子を座らせ、ぼんやりと桜を見ている。

 去年の桜の季節には、ベンチに座る人もほとんどいなかったし、お酒なしでも「お花見」的なことをしていると、見とがめられる雰囲気があったが、今年の桜の下には去年と違う空気がある。

 この、不穏と安穏のまじりあった不思議な雰囲気を、覚えていられるかどうかわからないけれど、覚えておきたいなと思い、しばらくテントの中の親子を眺める。

 

241b.gif

三月某日 晴

 ずっと暖かい。

 桜が、疲れてきている。散る直前の、咲き満ちている時期よりもほんのわずかに褪せた花びらが、夕風にゆれているが、まだ一枚も散ろうとしない。

 

三月某日 曇

 桜が散り始める。

 いったん散り始めるや、すべてをあきらめたように果てしなく散ってゆく桜を、散歩の途中でじっくり眺めたあと、家に帰り、録画しておいたプロレス中継を観る。飯伏幸太の美しい動きと、桜の花びらが、頭の中でまじって、またくらくら感が。

 

三月某日 曇

 免許の更新に行く。

 ついこの前更新に来たばかりだったような気がしていたのに、五年が過ぎていることにくらくらするが、このくらくらは、昔ながらのくらくらなので、気を取り直し、前回の時よりも椅子と椅子の間がずっと大きくあけられている講習室に入り、無言で座る。

 家に帰り、今月感じたいろんなくらくらを記念して、『クラクラ日記』を読む。

  • 第242回  生まれてはじめて見ました。
  • 第241回  いろんなくらくら。
  • 第240回  目の前ににんじん。
  • 第239回  掃除機とフェンシング。
  • 第238回  ひ。
  • 第237回  まだ知らない......。
  • 第236回  月に頼る。
著者略歴

川上弘美(かわかみ・ひろみ)

作家。1958年、東京生まれ。著書に、『センセイの鞄』『ニシノユキヒコの恋と冒険』『七夜物語』『猫を拾いに』ほか多数。「東京日記」シリーズは、『卵一個ぶんのお祝い。』『ほかに踊りを知らない。』『ナマズの幸運。』『不良になりました。』ほか、最新刊『赤いゾンビ、青いゾンビ』も好評発売中。

平凡社

Copyright (c) 2008 Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo All rights reserved.