第三十回

熊の楽しみ

 この文章が掲載される12月16日は、とても楽しい時期にあたるらしい。二十四節気では「大雪」で、七十二候は「熊蟄穴(くまあなにこもる)」である。いただいたテーマ候補は、熊、冬眠、炬燵、しもやけ、焼芋だった。まるで、大雪が降ってきたので、熊が冬眠しようと穴にこもり、眠る前にこたつに入って焼き芋を焼きながらしもやけを眺めているかのようだ。わたしは、熊でもないし冬眠もしないし、自宅にはこたつもないし、しもやけもしばらくできていないし、焼き芋もなかなか食べないけれども、冬の楽しさが凝縮されているようなテーマが並んでいる。

 熊がこの時期に冬眠を始めるというのは、とても共感のできる話である。寒い寒い、とは11月頃から言っているし、それなりの覚悟もしているものの、それでも12月からの寒さとは比べものにならない。熊も、ぎりぎりまで活動しながら、このごろになると、もうあかん、となって巣ごもりをするのだろう。わたしも、毎日晩ごはんを作る前に散歩に出かけ、それをずっと楽しみにしていたのだけれども、最近はどうも腰が重い。あれを着てこれも身に付けて、と用意が長く、家を出ていくまでにとても時間が掛かる。夏場は午後7時になってもなんだか明るいという感じだった空も、12月からはびっくりするぐらい早く陽が落ちる。5時半にはもうまっくらだ。そして寒い。暗くて寒いのだ。

 しかし、暗くて寒いので悪いことばかりというのではなくて、外がそんなふうだと、家にいることの幸せな感じが増す。個人的に、夏はどこにいたって暑くて明るい。夏から逃げられない。けれども、日本の冬の寒さなら、暖を取る方法はけっこうある。温かい飲み物を作って飲んでもいいし、ストーブをつけてもいいし、膝掛けを掛けてもいいし、その全部をやっても良い。そしてぼーっとする。ちょっと過ごしやすくしただけなのに、外の寒さを知っているため、比較してまあまあ幸せである。冒頭の熊も、おそらくぼーっとしている。そろそろ眠いけど、何かもうちょっとできることがありそうな、もう一本ドラマを見られそうな、でもこのまま寝てしまいたいような、だったらその前にこたつやストーブを切らなければならないような、それは面倒くさいからもう少し起きているかというような気分だろう。焼き芋も食べなければいけない。

 個人的に、動物図鑑の巣穴を見るのが好きで、できれば土に穴を掘って住みたいと思っているので、熊のことをよけいに考えてしまうのだろう。『ドラえもん』に、「アパートごっこの木」という、植えたら地下に部屋代わりの穴がいくつかできるという道具が出てきたのだが、まんがを読んだ当時あれが異常にうらやましく、今もかなりの頻度で思い出している。木のうろや自然にできた穴などを利用するという熊の穴は、いうなればワンルームという感じで、ある種の齧歯類が掘るような3LDK的に複雑な巣は作らないみたいなのだが、それはそれでシンプルで気楽かもしれない。秋に木の実やサケやシカなどを食し、冬は寝て暮らす。妊娠している場合は、冬ごもりの間に赤ちゃんを産むそうなのだが、そうでなければ単純にそんな感じだろう。図鑑を眺めていると、特にツキノワグマが楽しそうだった。〈たべもの〉いう欄には、あけび、栗、どんぐり、クヌギ、ぶどう、花、カニ、アリ、はちみつなど、かなりの食べっぷりである。バイキングか、と思うと同時に、うらやましさを感じる。この熊なら、焼き芋だって焼きそうである。

 寝る前に最後に食べるものがこれか......、もっといいものがいいのかな、おいしいけど......、とこたつでうとうとしながら、ストーブの上で焼けてゆく焼き芋を包む銀紙を眺める熊。そんなことはありえないのだけれども、そういう気分になることはとても楽しい。何もせずに家にいる時は、自分を熊だと思うことにしよう。

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津村記久子(つむら・きくこ)作家。1978年、大阪生まれ。著書に、『君は永遠にそいつらより若い』(「マンイーター」より改題、太宰治賞)、『ミュージック・ブレス・ユー!!』(野間文芸新人賞)、『アレグリアとは仕事はできない』、『ポトスライムの舟』(芥川賞)、『ワーカーズ・ダイジェスト』(織田作之助賞)、『とにかく家に帰ります』など多数。12月10日に中央公論新社より最新作『ポースケ』が発売。