第三十一回

初詣はめでたくつめたい

 もう何年になるのか数えるのはやめたけれども、だいぶ長い間、中学の同級生のYちゃんと初詣に行っている。毎年違う寺社に行く。行く場所は交替で決める。わたしはだいたい、なんとなく名前を知っているけどまだ訪ねたことがなかったり、近場だったりする寺社を提案するのだが、たまに風水などを気にするYちゃん(常には気にしていないところがポイント)は、良い方角などを調べた上で、それまで知らなかった寺社を提案したりしてくれる。おかげでわたしは、奈良の桜井にある大神(おおみわ)神社や、京都の宇治にある三室戸寺など、一人では行きそうにない場所を訪ねることができた。大神神社は、奈良じゅうの人がやってきているのではないかというほど人が押しかけ、神社がある三輪山のふもとの町全体が初詣の行列で埋め尽くされてわけがわからないところと、三室戸寺は、宇賀神様というおじいさんの顔をしたへびの神様がどうにも魅力的なのでおすすめである。

 この十数年こそ、元旦の初詣はつべこべ言わずに行くものとして出かけているけれども、家族にそのならわしがなかったので、わたしは社会人になるまでちゃんと初詣に行ったことがなかった。中学までは、おせちをつまみながら家族とテレビを見て過ごしたり、近所の親戚にあいさつに行ったり、友達と地元で遊んだりしていて、高校から大学にかけては、お正月から電鉄関係のアルバイトをしていた。なので長い間、初詣について真剣に考える機会がなかったのだった。特に、高校から大学の頃は、神社の近くでアルバイトをしていたというのに一度もお参りに出かけず、詣でてどうすんの何かしてくれんのぐらいのアナーキーな若者ぶりだった。ちなみに今は、何かにつけ「すみませんでした」と言う大人である。

 初詣のほかにいただいたテーマ候補には、年賀状も含まれていたのだが、Yちゃんとわたしの中学以来の再会には、年賀状が深く関わっている。大学2年の冬休み、年賀状を出しに行った地元の郵便局のポストの前でわたしとYちゃんは鉢合わせしたのだった。「誰と成人式に行こうか悩んでいたのだが、一緒に行こう」という話をして我々は別れ、その後ずっと付き合ってもらっている。Yちゃんとその時に会わなければ、わたしは今も初詣には興味のない人間になっていたかもしれない。

 十数年の間、さまざまな寺社を訪ねたけれども、それぞれに個性的であった。前述の大神神社や三室戸寺のほか、「南西がいいらしい」というだけのYちゃんの指令に従って行った廣田神社の気楽さ、何も知らずにテントの中の畳のあるところで焼き鳥を食べてしまい、予想以上の席代を請求されておろおろした住吉大社、藤原紀香さんと陣内智則さんが結婚式を挙げた次の年の元旦に生田神社に行くということもやらかし、意外と動きやすくお詣りが早くすんだのでそのまま湊川神社に移動して、20秒に1メートル進めるか進めないかという人の渋滞に巻き込まれたことなど、初詣は毎年なんらかの発見がある。

 初詣が終わると、元旦もほとんどが過ぎて、いきなり現実に戻る感じがするので、帰り道はけっこう物悲しかったりする。三が日、とはいうけれども、4日から会社が始まるようなことがある年には、1月2日なんていつもの土曜日と変わらない。出社前日の3日の悲嘆は、わざわざ記すまでもないだろう。4日に会社から帰ってきて、テレビで「正月番組」という体裁のものが放送されていたりすると、静かな怒りすら覚える。なのでわたしにとっては、初詣が終わるまでが年末年始の楽しい時で、元旦の夜にはすでにがっかりしている。たまに、初詣の時点ですでに、もう正月休みも終盤だという気分になっている時があるので、本当の意味でめでたく新年だなと思えるのは、年が明けてすぐにクラッシュを聴いている時ということになるのだろう。いきなりクラッシュを持ち出して申し訳ないのだけれども、この2年ぐらいは「サンディニスタ!」を聴いている。「サンディニスタ!」がすべての音楽のアルバムでいちばん好きだからというわけではなく、そういう気持ちで文章を書いていかないとだめだと自分を戒めるためである、はずだ。自分で書いていて、これほどそれがどうしたなことはないと思うのだが、本当のことなので一応記しておく。

 毎年、その冬いちばんの寒さを感じるのも、初詣へと出かける道すがらのことだと思い出す。そして元旦の朝の光はいっそう眩しく、前の年の澱でにごってふやけた頭の中を消毒するように鋭い。待ち合わせの場所に急ぎながら、わたしはいつも、何かが自分の中で半減した感触を覚える。それがいいことなのかつらいことなのかわからないけれども、新しい一年はいつも、ひんやりと冷たく、明るい。

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津村記久子(つむら・きくこ)作家。1978年、大阪生まれ。著書に、『君は永遠にそいつらより若い』(「マンイーター」より改題、太宰治賞)、『ミュージック・ブレス・ユー!!』(野間文芸新人賞)、『アレグリアとは仕事はできない』、『ポトスライムの舟』(芥川賞)、『ワーカーズ・ダイジェスト』(織田作之助賞)、『とにかく家に帰ります』など多数。12月10日に中央公論新社より最新作『ポースケ』が発売。