第四十三回

七夕の仲間

 いつの頃から、七夕をそれほど重要視しなくなったのだろうか。学校で、笹飾りを作る時間がなくなった小学4年ぐらいの頃からすでに七夕は大きなイベントではなくなってきていたように思うのだが、今はそれが嘆かわしい。小学3年の9月に転校したので、転校前の小学校では、4年になっても変わらず七夕に力を入れていたのかもしれないが、転校先ではそれほどではなく、小学5年ぐらいで無駄にませ始めたり、受験のことを考えなければならなくなったり、人間関係の悩みが深くなるにつれ、七夕の優先順位は下降していった。

 しかし今になって、無性にあの笹飾りを作りたくて仕方がないときがある。じゃあ作れば、と冷たく言い放たれそうなのだが、わたし一人で数個作ってもさびしいのである。七夕の笹飾りは、やはり、一クラス30人×2個分ぐらいの飾りを吊るし、さらに短冊もつけるぐらいのうるささでなければ。特に風があるわけでもないのに、見守っているだけでガサガサ音を立てそうな感じの大きな笹がいい。

 七夕は、とても穏便なイベントだと思う。各地に大きな七夕祭はあれども、目を血走らせた七夕商戦などというものはないし、笹に何かをつけるということで、十日戎(とおかえびす)に似ていなくもないが、飾りが一個1500円などということもなく、すべて手作りでOKである。それも、クリスマスのサンタや雪の結晶みたいな複雑な造形のものはなくて、ちびっこでも作れる簡単なものばかりだ。今考えると、あんなにバリアフリーな創作はなかったように思う。折り鶴を折れない子でも、七夕の笹飾りは作れたんじゃないか。あの折り紙を三角に切ってただ単につなげたやつとか。福笹の吉兆はもちろん、クリスマスツリーのオーナメントにも、それなりにお金がかかるのに比べて、七夕の笹飾りはびっくりするぐらい安価で手軽だ。

 自分が笹飾りを作っていた頃と比べて、飾りの種類も増えてるんだろうな、と笹飾りの作り方について検索してみると、案の定というか、想像を上回る勢いで飾りの作り方が増えていた。わたしが幼稚園や小学校で笹飾りを作っていた頃は、折り紙を細長く切って鎖につなげたものや、2回折った紙に左右交互にはさみを入れて開き、天の川(あみかざり)としたもの、半分に折った紙にはさみを入れて対角を貼り合わせて貝殻形にしたもの、ひし形や三角に切った折り紙を縦につなげたものなどが大勢を占めていたが、インターネットでは、子供の頃に懸案だった星形が(手書きで描いたものを切り抜くと、どうしても歪むのだ)、規則的な折り方と切り方で作れる方法や、五芒星も六芒星もはさみを使わずに作れる折り方が紹介されていた。

 見ているとだんだん折りたくなってきたので、この文章を書いている合間に百均に行って、40色120枚入りという折り紙のパックを買ってきた。七夕とは関係がないかもしれないのだけれども、今の子供でうらやましいと思うのは、3DSとかPS3とかタブレットが生まれたときからあることではなく、折り紙の色数や模様がすごく増えて、安価になったことである。勇んで、参照したページでは難易度がいちばん高いらしい五芒星を折ってみた。いやいや自分は36歳だし余裕だろと最初は思っていたのだが、これがなかなか難しい。折りあがったときにはうれしくて、かなりしげしげと眺めてしまった。笹飾りはちびっこでも作れると先に書いたけれども、大人が作ってもそれなりに充実感を感じるものであるようだ。折り紙本も、簡単なものからものすごく難しそうなものまでたくさん出ているので、より複雑で精緻な笹飾りの折り方も存在しているのかもしれない。

 もうこうなったら笹も通販しようと調べたのだが、意外とプラスチック製の造花(造笹?)しかなくて残念だった。やっぱり本物の笹がいいなあ、ということで、そうだ十日戎で一本余計にもらえばいいのかと思い付いたものの、でも1月にもらった笹なら7月にはすっかり黄色くなっているなと当たり前のことに気付いて落胆する。一人七夕は意外と難しいのである。派手な吹き流しで飾られた七夕祭に出向いてもいいのだが、どちらかというと、こちらは手作り感を求めている。友人がときどき、なんとかというSNSのなんとかコミュに入っているという話をしてくれるのだが、今日初めて、笹飾りを手作りするコミュニティがあるのか確認したく、そのSNSに入りたいと思った。短冊にはまず、「仲間が欲しい」と書く。

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津村記久子(つむら・きくこ)作家。1978年、大阪生まれ。著書に、『君は永遠にそいつらより若い』(「マンイーター」より改題、太宰治賞)、『ミュージック・ブレス・ユー!!』(野間文芸新人賞)、『アレグリアとは仕事はできない』、『ポトスライムの舟』(芥川賞)、『ワーカーズ・ダイジェスト』(織田作之助賞)、『とにかく家に帰ります』など多数。12月10日に中央公論新社より最新作『ポースケ』が発売。