高校3年の時の同じクラスに、Kちゃんという友人がいた。背の小さいKちゃんは、とても明るくて頭の良い子で、普段の学校の成績も良かったので、指定校推薦で早々と大学も決めたため、受験勉強というものは特にやらないまま高3の1年間を過ごしたと思う。吹奏楽部に属していたものの、部も引退し、さりとてガリガリ勉強をする必要もないKちゃんが精を出したのは、アルバイトだった。道頓堀のさる有名な飲食店で、ホール係として働いていた。文武両道というか、とにかくよくできた女の子だったのである。こう書いてみると、よくわたしなんかと友達でいてくれたなという驚きでいっぱいになるのだが、いつも優しく楽しく接してくれたので、やっぱりすごくいい子だったのだろうと思う。
そんなKちゃんがある日、耳慣れないことを口にした。今月はこれ以上働いてはいけないというのである。世間のセの字もわかっていないわたしからしたら、whyなぜにという感じなのだが、Kちゃんは、このままいくと年間で100万円以上を稼いでしまうからだ、と言うのである。そもそも、アルバイトで年間100万円を稼ぐということ自体が、わたしからしたら異次元の出来事のように思えたのだが、Kちゃんはさらにびっくりするような話をしてくれた。このまま100万を超えてしまうと、税金を取られてしまうから、というのである。「!!!!」だったとしか言いようがない。高3の同い年にして、100万を稼ぐうえに、税金の話をする。Kちゃんは何という遠い所に行ってしまったのだろう。目の前で相変わらず「自分が考えた素早いブラジャーの付け方」の話などをしてくれるというのに。
Kちゃんが個人的にあまりにもスーパー高3であったため、思い出話が長くなったが、会社員だった頃に新人賞を頂戴した次の年の2月、わたしはひしひしとKちゃんが話してくれたことを思い出していた。新人賞の賞金が100万円で、その他、ほんの少しだが文章の仕事をしていたわたしは、こんだけ副収入があったんで、税金をこんだけ払いますよという申し出をしなければならなくなった。確定申告である。
いや、自分には縁のないことだと思っていたのだった。あれだ、一昔前、芸能人が笑顔で印鑑ついて、税務署の前で張ってるレポーターとかに、いくらいくら払うことになりましたとか言うやつだ。長者番付っていうものの参考になってるやつだ。そんなもんに自分が関わるわけがない、と思っていたのだが、とにかく1年目はやらなくてはならなくなった。といっても、右も左もわからない、周囲に誰もやっている人がいないので、相談会のようなものに涙を流しながら出かけ、ただおろおろと歩き回っているうちに声をかけてきた係員さんのような人に、「そんなに何もかもわからないのでしたら、このぐらいの額ならば、もう申告しなくても......」とあきれられているのか同情されているのかよくわからないことを告げられる始末だった。
そんなわたしだが、実は高校1年、2年と、春休みは税務署にアルバイトに行っていた。エレキギターがどうしても欲しかったらしい。意図をまったく汲んでいない書類整理を、9時から5時まで黙々と続け、ストラトキャスターを買った。あれはどう考えても確定申告の書類整理なのだが、自分が整理してもらう番になり、頭を突っ込んでもがいているのかと思うと感慨深い。
あまりのわからんちんさかげんに、「もう申告しなくても」と宣告されたわたしだが、案の定その後の確定申告事情は混迷を極め、母親に代わってやってもらっていたのではもはや間に合わなくなり、税理士事務所さんにお任せすることになった。生意気なっ、と自分に対して思うのだが、1月から3月の半ばまでを税務の作業で莫大に濫費する時間分を働いた方が、自分の場合は効率が良い、という結論になった。
税理士事務所さんでは、Yさんという女性に担当していただいている。数えたら、もう6年ぐらいお世話になっていた。Yさんはわたしより年下なのだが、中3の娘さんがいて、1年ごとにその成長ぶりについて聞くのがとても楽しみだ。娘がもうすぐ中学に上がるんですけど、制服をわたしが着てみるんですよねー、などとYさんが言うのをわははと聞いていたのも今は昔、今度は高校受験を迎えておられたりするので、毎年不思議な気分を味わう。それだけ自分が年を食って、時間が経つのが早いということなのだが、確定申告という一年でも最も気の重い出来事に、Yさんが関わってくれているのはまだ救いがあるような気がする。Yさんの娘さんの話は、もちろん現実のことでありながら、私には税務に添えられたおとぎ話のようにも思える。
そういえば、YさんもKちゃんと同じように背が小さい。彼女たちは、わたしにお金のことを教えてくれる妖精のような存在なのかもしれない。

