第六十八回

Tシャツと生き方

 7月20日はTシャツの日だという。社会人になってから、さすがに会社へはTシャツは着ていけないということで何年も買わない日々が続いたのだが、フリーランスになってまた、Tシャツを買うようになった。

 3年前、ディセンデンツの「I Don't Want to Grow Up」の、マイロがオムツをはいている黄色いTシャツを、川端康成賞を頂戴した記念に買って、それを着ているときにあまりにも「自分自身になれた」という感じがするので、愛用に愛用を重ねている。それまでも、心を動かされたバンドを観たらだいたいTシャツを買っていたけれども、自宅の部屋着にするだけではなく、外にも着ていくようになったのはそれがきっかけだったように思う。

 外に着ていくどころか、ここ一年ぐらいは、イベントや講演などのたまーに人前に出る機会や、取材などで写真を撮影される場合にも、常にバンドTシャツを着るようになってしまった。もう何を着てもわたしはセンスが悪いし、ろくな服を持っていないので、毎回毎回生き恥をさらしに行くような思いでそういう場に出かけていたのだが、ある日すべてを諦めて、ディセンデンツのTシャツを着ていったら、もうこれでいいと思うようになってしまった。それ以来ずっと、何かというとディセンデンツかマノ・ネグラのTシャツを着ていくようになった。

 ディセンデンツやマノ・ネグラが自分の中で特別なバンドであることは間違いないにしても、Tシャツを買いたくなるバンドには、自分の中では一定の基準があるような気がする。すごく好きでも、自分自身とそんなに重なる部分はないな、というバンドのTシャツは、好きでも探す気にならない。どれだけライドやデスキャブ・フォー・キューティーを聴いていても、Tシャツを買うという感じではない。何か背伸びをしているような気がするのだ。けれども、今は持っていないが、同じぐらい好きなマッドハニーのTシャツはかなり欲しいので、気に入っている柄の在庫を日々探している。わたしの場合は、そのバンドが持っている笑いの要素が、Tシャツを購入する上での決め手になるのかもしれない。今自分がTシャツを着ているバンドぐらいは、誰かを笑わせられればいいな、と思っている。ちなみに最近、「世界一バンドTシャツを持っている男性」の記事を読んだのだが、彼がもっともたくさん枚数を所持しているバンドもディセンデンツだった。

 バンドTシャツは、大して対価を取らないわりに、一期一会的な要素も強い。ちょっとの間考え中ということで保留にしてしまうと、すぐになくなってしまうのである。再入荷のサイクルもよくわからない。なので、ほとんど毎日Tシャツの通販サイトを開いて、目を皿のようにしてチェックする。そして「在庫あり」の表示が出ていると、即カートに入れる。わたしはけっこうケチというか、買い物のさいにいろいろ考え込む方なので、その速度で購入するものは他にない。

 フェスに行って人が着ているバンドTシャツを観るのも大好きである。ああこの人はあんなバンド好きなのか、と一枚一枚に対して思う。フェスには、そこに出ていないバンドのTシャツを着ている人がざらにいるし、Tシャツではないけれども、サッカーのユニフォームを着ている人もいる。だいたいが、それいつ着るんだという海外リーグのユニフォームを着ている人である。サッカーを観るようになってから、Tシャツだけでなくユニフォームの人を見るのも楽しみになった。Tシャツを買ってよそで着るほどそのバンドが好きなのですか、ということと、ここからは遠いところでサッカーをしているその選手が好きなのですか、ということは、何かその人自身を表しているような気がする。興味深いのは、メタリカやフー・ファイターズやグリーン・デイのTシャツを着ている人は見かけたことがないのに、ピクシーズやバッド・レリジョンのを着ている人は印象に残っていたり、ユニフォームでも同じように、バルセロナのメッシやレアル・マドリーのクリスチアーノ・ロナウドのを着ている人はぜんぜんいないのに、アーセナルのロシツキやACミランのネスタのものを着ている人は覚えているということである。たぶん、本当に自分が好きなバンドのシャツや、選手のユニフォームを着ているんだな、と思えて味わい深い。

 自分自身を一瞬で説明してしまうバンドTシャツというもの。基本的に世の中の人が全員、自分の好きなバンドのTシャツを着るようになれば、行き違いはなくなるだろうしすぐ友達になれるだろうから、便利なのにな、と思う。そういえば、心斎橋筋をくだんの黄色いディセンデンツのTシャツを着て歩いていたところ、ベビーカーを押している白人のおじさんに満面の笑顔で手を振られたことがある。また別の外人さんには、ドロップキック・マーフィーズのTシャツを着ていたら、指を差されて「マーフィーズ! マーフィーズ!」と叫ばれたこともある。わたしもそんなふうにできたらな、と思う。でも、密かに「あの人ハスカー・ドゥのTシャツ着てた......」と震えているのも、英語圏の音楽を熱心に聞いている日本人らしいのかもしれない。

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津村記久子(つむら・きくこ)作家。1978年、大阪生まれ。著書に、『君は永遠にそいつらより若い』(「マンイーター」より改題、太宰治賞)、『ミュージック・ブレス・ユー!!』(野間文芸新人賞)、『アレグリアとは仕事はできない』、『ポトスライムの舟』(芥川賞)、『ワーカーズ・ダイジェスト』(織田作之助賞)、『とにかく家に帰ります』など多数。12月10日に中央公論新社より最新作『ポースケ』が発売。