日本が米の国なのに対して、ドイツは全粒粉パンとジャガイモの国です。全粒粉パンの話はまた別の機会にして、今回はジャガイモです。ドイツにも北海道の男爵イモのような白いホクホク系のジャガイモがありますが、主流は、煮崩れしにくい黄色いネットリ系です。
スーパーでジャガイモを買うと、この間の特売の例では、5キロのネットに入って69セント(約90円)くらいだったりします。こんなに安くて大丈夫なのかジャガイモ農家に聞いたところ、全収入の3分の1は国からの農家に対する補助なんだそうです。その農業政策のおかげで、ジャガイモは一般市民にとって、栄養がたっぷりあって美味しくて安い、強い見方となりえているのでしょう。ちなみに、牛乳は1リットル60セン ト(約75円)、卵は10個入りパックで1ユーロ20セント(約150円)、この国で食材が安いのは本当に助かります。
ベルリン・ドイツ・オペラの同僚で、指揮者が凡庸なためオーケストラの練習が退屈だと、「うちに帰って子供たちにジャガイモの皮を剥いてやらなきゃならないから、もう終わりにしろ」と野次を飛ばす男がいました。日本だったら、「うちに帰ってメシ炊かなきゃならないから......」というあたりでしょうか? ジャガイモ抜きにしてドイツは語れません。
ヴッパータール交響楽団の同僚フリッツは料理が好きで、よく家庭料理を振る舞ってくれました。肉を煮込んだりオーヴンでじっくり焼いたり、ドイツの伝統的家庭料理は、派手さはありませんが、滋味深くてとても好きです。こういう料理の付け合わせとしましては、塩茹でして皮を剥いたジャガイモが定番です。ナイフで一口大に切ってお料理のソースをつけて食べるのは、消しゴムを食べているようですからよろしくなくて、フォークで潰してソースに馴染ませてからいただくのが正しいんだそうです。ジャガイモと塩だけのシンプルなものなのに、フリッツが茹でると美味しいんですねえ。
後日、フリッツに拙宅に来てもらった際に、ジャガイモの茹で方のコツを、実演しながら教えてもらいました。「そんなの簡単だ。教えることなど何もない」と始まったのが、「ジャガイモは水から入れる」「ああ、それでは塩加減が全然足りない」とだんだん口うるさくなり、「ええい、そんなんじゃいつまでたっても茹で上がらない! 火加減をもっと強くして、ぐらぐら沸騰させながら茹でる!!」とまあ、最後には怒り出す始末。ヴァーグナーだけではなく、ジャガイモにも本場の利があるのですねぇ。
数あるジャガイモメニューの中でも、日本からおいでの方に一番のおススメは、ポテトサラダでしょうか。味付けにヴィネガーやサラダオイル、サワークリームを使っていたりして、日本のポテトサラダとは別物です。ポテトサラダがイマイチ苦手、という方にも、ドイツのは目から鱗ものの美味しさです。
そのほか、ジャガイモのパンケーキや、タマネギとベーコンを加えてバターで炒めたジャーマンポテトなんていうのも、とびきり美味しいですね。
子供のころ、美味しいフライドポテトを皿に大盛り食べたいと思ったことはありませんでしたか? この国ではごく普通のことで、私も最初こんな悪いことをしていいのかしらとゾクゾクしたのですが、メインディッシュに当たり前のように大盛りでついてきます。店によっては別の器入りで運ばれてきて、そこから欲しいだけ自分の皿に取れるようになっており、しかもお代わり自由だったりすることもあります。油分が多くならないように上手に揚げてあったり、オーヴンで焼くタイプのものもあるので、油負けすることは絶対にありません。フライドポテトはジャガイモ料理人気ナンバーワン、と言えましょう。
でも私は、うちで食べるときは、牛ひき肉を買ってきて肉じゃがなんかを作ってしまいますね。ドイツのネットリ系ジャガイモ、醤油味の肉じゃがにしてもすごく美味しいです。
所変わってルクセンブルクに行きますと、ジャガイモは、白っぽくてホクホクしていて、日本の男爵に近いような気がいたします。ヨーロッパ内でも、国によって多少好みが違うのでありましょう。
さて、私は実はポテトチップスにうるさいのですが、やはりジャガイモの国だけあって、ドイツにも私を唸らせる製品がいくつかあります。伝統的なパプリカ味に加えて、塩味、胡椒味、チーズ味、ヴィネガー味など、近年は種類が増えました。
ただし、イギリスのポテトチップスのレヴェルには、遠く及びません。イギリスにお住まいの日本人がドイツに来ると、「うわー、ドイツの食事は美味しい!」と言います。ううん、ドイツ食も全体としてみるとそれほど褒められたレヴェルではないので、よっぽどイギリスの味覚レヴェルが低いのでしょう、と思っていました。実際にイギリスに行ってみてびっくり。一体どうしたんでしょう、この凄まじくとんちんかんな料理法と味付け!
しかしそんな中にあって、この国のポテトチップスは世界に冠たる絶品なのです。スライスの厚さ、味付け、揚げ方、どれをとっても他の追随を許しません。アツアツの揚げたてを売る店もあります。
最後に、ドイツのレストランでパスタの類はできるだけ避けることをお勧めします。20分はしっかり煮込んだと思われる、ホロホロっと柔らかく大変ロマンチック(?)なパスタが出てくる可能性が高いからです。とうてい日本人向きではありません。
せっかくドイツにいらしたら、どうぞ存分にジャガイモをお召し上がりください。
1966年生まれ。14歳よりオーボエをはじめる。東京芸術大学卒業。大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団入団。90年に第7回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位、併せて大賞を受賞。91年に渡独し、ヴッパータール交響楽団、カールスルーエ州立歌劇場管弦楽団、ベルリンドイツオペラ管弦楽団の首席奏者を歴任。現在ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。CDに『ニュイ アムール~恋の夜』『∞~インフィニティ』『リリシズム―オーボエが奏でる日本の美』(以上、ビクターエンタテインメント)、『インプレッション』『サマー・ソング』『ポエム』(以上、ドイツ盤Profil、日本盤キングインターナショナル)など。ベルリン在住。
渡辺克也公式サイト:http://www.katsuyawatanabe.com/