ヨーロッパにもツナ缶はあります。

 19868月早朝、生まれて初めてのドイツ滞在地ハンブルクに到着。せっかくドイツに来たのですからと、「最もドイツらしい黒いパン」をスーパーで買い求め、バターを塗ってかぶりついた、その瞬間の衝撃は絶対に忘れません。「これはパンか?世の中にはこんなパンもあるのか?日本とはまったく文化が違う、えらい所に来てしまった」

 そしてしばらく毎日当地で食事をしていると、日本で慣れ親しんだヨーロッパ料理といちいちどこか微妙に味付けが違うので、だんだんと苦痛になってくる――、これは大抵の留学生が経験する現象です。観光旅行でしたら、限られた期間に思いっきり珍しい異国の味探訪を詰め込めば良いのですけど、これがずっと続くのかと思うと......。最初はまずトランク一つで来て日本食材などほとんど持っていませんから、カレーライスなどの慣れた味で一休みすることもできません。日本レストランは高級レストランに属し、学生にとりましてはより庶民的な中華レストランへ、ということになりますか。ここでは醤油味にかなり慰められるものの、料理自体は日本人が普通に想像する中華料理とはほぼ別物で、苦痛の完全な解消にはなりません。

 ああ、このままでは日に日に食欲が減退し痩せ細って病気になってしまうのか、はたまた発狂してしまうのか――。あとから思うとただただ笑い話でしかないのですけど、毎日3度のことですので、当人にとりましてはとても深刻な問題です。

 そんな時期に、スーパーでなんとツナ缶を発見しました。しかも、タイ原産で50プフェニッヒ(35円)くらいという、タダ同然の値段で。こんな「えらい所」で、「よく会えましたねえ」みたいに感激して、小走りに帰りキコキコと缶を開け油を抜くと、そのまま無我夢中であっという間に貪り喰いました。旨い旨いと言いながら、喉に詰まりそうになるのをものともせず一缶一気に......。

 ドイツでは規格が決まっているのか、日本のツナ缶の約2倍の大きさである内容量195グラム、そのうち固形分が150グラムというもの以外、スー パーでは見かけません。以前はオイル漬けのものしかありませんでしたが、最近は健康と環境に良い水煮が主流になってきました。ドイツでも値上がりした結果、現在どちらも1ユーロ19セント(150)です。

 ツナ缶と一口に言っても、ビンナガマグロ、キハダマグロ、メバチマグロ、カツオなどいろいろな魚が使われているようです。ドイツで見かけるのはカツオのが多いですか。

 ドイツ人は、ツナ缶を野菜やショートパスタと和えてサラダにしたり、ミキサーにかけてディップにしたりします。

 私はもっぱらツナマヨでしょうか。刻み玉ねぎと一緒にトミーというメーカーの「サラダマヨネーズ」で和えて、パンに載せます。ドイツのマヨネーズはおしなべて驚愕するほどに不味く、わざわざ日本のマヨネーズをトランクいっぱい大量買いして持ち帰る人すらいるくらいです。そんな中で私が唯一気に入っているトミーの「サラダマヨネーズ」だけは、日本のマヨネーズを凌駕しているかもしれません。

 ツナ缶と並んで、オイルサーディン缶、鰊(にしん)缶も大抵どこでも見つけることができます。鰺(あじ)缶も品揃えの良いお店にはあります。一部 を除き内陸の国ドイツでは魚を食べる文化はまだまだ未発達ですから、缶詰と冷凍の魚の存在は、日本人にとってたいへん助かるといえましょう。

 ノルウェー産の鮭は美味しいですよー。125gのフィレが二つそれぞれ冷凍の真空パックに入って、2ユーロ50セント(約320円)で売られています。これにパラパラと少量の塩を振り、オーヴントースターで焼いて、食べる直前に醤油をかけると、もう言葉になりません。脂が載っていて、多分日本の鮭よりも一枚上。一つ残念なのは、ご丁寧に皮を剥いでくれてあることです。ドイツ人が皮付きの魚を食べるのを観察していると、必ず皮を残しちゃうんですねえ。

 ノルウェーは国策として鮭を安全な環境で養殖していますから、このフィレは刺身にしても食べられ、その味もまた最高です。寄生虫アニサキスはいないことになっていますが、生鮭を購入した場合でも念のためいったん凍らせてから刺身にします。スモークサーモンも、スモークと塩加減が控え目に生産されていて、お好みによりホースラディッシュクリームを添え、美味。

 しかしこの鮭を鮭缶にしたら、どんなに美味しいでしょう。あのシャクシャクの骨入りで。なんでヨーロッパにないのかなー。



032.JPGのサムネール画像

 

業務用の巨大なツナ缶を見つけました。内容量1705グラム、そのうち固形分が1350グラム。

流石にこれは一気食いできますまい。 Katsuwoなんて印刷されていますね。

Chunksと書いてあるように、塊とフレークの中間のチャンクタイプが主流です。

なお、あまりに男前過ぎるので、顔は公開できません。

PROFILE

渡辺克也 WATANABE KATSUYA

1966年生まれ。14歳よりオーボエをはじめる。東京芸術大学卒業。大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団入団。90年に第7回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位、併せて大賞を受賞。91年に渡独し、ヴッパータール交響楽団、カールスルーエ州立歌劇場管弦楽団、ベルリンドイツオペラ管弦楽団の首席奏者を歴任。現在ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。CDに『ニュイ アムール~恋の夜』『∞~インフィニティ』『リリシズム―オーボエが奏でる日本の美』(以上、ビクターエンタテインメント)、『インプレッション』『サマー・ソング』『ポエム』(以上、ドイツ盤Profil、日本盤キングインターナショナル)など。ベルリン在住。