演奏旅行などでドイツ人と寝食を共にするたびに、ドイツ人の野菜の摂取量は随分少ないなあと思います。特に個人のお宅にお世話になり、食事内容を自分で選べない場合、日本人の私としましては野菜の禁断症状のような気分になることもあります。

 主食、お味噌汁、主菜、副菜2品、いわゆる「一汁三菜」は、日本家庭の食生活の基本といえましょう。ご飯でエネルギー源となる炭水化物、汁物で水分、豆腐、魚介類、肉、卵などを使用した主菜で良質のたんぱく質を摂取。さらに、野菜や豆、いも、きのこ、海藻などを組み合わせた副菜を加えることによって、不足しがちなビタミン、ミネラル、食物繊維などがたっぷり摂れるように工夫されています。

 さて、ドイツではどうかといいますと......。南ドイツの田舎道を車で走りますと、Schlachthof(シュラハト・ホーフ:屠殺場)と書かれた看板をよく見かけます。必ず小さな食堂が併設されていて、シュラハト・ホーフ定食と麦ビール0.5リットルが、1000円でお釣りが来るような庶民的な値段で、供されます。その内容は、大皿が三つに区切られていて、Schweinebraten(シュヴァイネ・ブラーテン:バイエルン風ローストポーク)、Bohnen(ボーネン:煮て軽く塩やバターで味付けしたインゲン豆)、Kloß(クロース:ジャガイモのでんぷんやパンから作られた直径5~6センチほどの団子)が三つほど、といったものでしょう。その3種とも同じくらいの量ですから、見た目のバランスは素晴らしいですけれども、たった1種類の野菜であるインゲン豆は途中で飽きてくるし、バイエルン風ローストポークも標準的日本人だったら完食できないような量です。

日本人にとりまして、ご飯などの主食は、炭水化物の摂取という目的以外に、ある意味満腹感を得るために大量に食べている、食事の基幹部分とも言えるでしょうか。ドイツには、パン、ジャガイモ、パスタ、ライスといったものの総称である主食という言い方はなく、ゆでたニンジン、カリフラワーやザウワー・クラウトなどと同格に、Beilage(バイラーゲ:付け合わせ)と呼ばれます。

ドイツ人はどうやら、主菜であるたっぷりの肉に付け合わせをいくつか組み合わせる、そういう発想で献立を考えるようです。その主菜はおのずと、薄切り肉の生姜焼き2枚だけ、ということにはなりません。3日分のたんぱく質を摂りだめしているのではないかという印象さえ受けます。あるいは、主菜の肉にも日本の主食のような満腹感を得るための役割を与えている、という考えなのかもしれません。それでいながら、日本の副菜のような付け合わせの野菜の類を量も種類もあまり食べないので、日本人の感覚では、かなり健康に悪いのではないかと感じます。シュラハト・ホーフ定食も、4つに区切られていて、もう1種類野菜のバイラーゲが加わるといいんですけどねえ。

 スーパーなどで野菜が驚くほど安くて、とても助かります。ただ、日本のスーパーと比べますと、品目数は半分くらいでしょうか。前述のシュラハト・ホーフ定食が3品のみで成り立っているように、そんなに多くの野菜の種類が要求されないのでしょうね。日本でよく推奨される「健康のために1日30品目摂取しましょう」ということをこの国で達成することは、ほぼ不可能です。

 肉も非常に安く、この国では、「今日は懐が寂しいので、肉は諦めるか」と悩む必要はありません。安価で便利な冷凍や缶詰のシチューなどにも、もう結構ですからと言いたくなるくらい、肉が大量に入っています。

 その反動なのでしょう、菜食主義者が私の周りにも何人もいて、だんだんと増えてきています。健康のためという理由以外に、動物を殺すことが道義上よくないからなんだそうです。それを言ったら、植物だって一所懸命に生きているんですけどね......。それから、先進国で肉を得るために、その何倍もの穀物が家畜の飼料として不必要に消費されている、その穀物を世界中に公平に分ければ、飢餓が完全に解消されてもまだお釣りがくる、という友人もいます。チャップリンの映画『独裁者』中の、「地球にはもともと全人類を養うのに十分な豊かさがそなわっている!」という有名な演説を彷彿とさせる意見ですね。

 ドイツのスーパーで売られている野菜は、昔はジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツ、トマトくらいしかなかったそうです。私が最初にドイツに来た1986年と比較しましても、だんだんと野菜や果物の品目が増えてきました。特に嬉しいのは、アジアの野菜が入手しやすくなったことです。70年代頃までは航空運賃が高くてそう簡単に日本に帰国できなかったこともあり、誰かが日本に一時帰国するらしいと聞くと、みんなで「日本で大根買ってきて」と頼むので、トランク一杯30本も大根を買ってくる羽目になった、などという悲話もあったそうです。90年代初頭に、大根をたまにスーパーでも見かけるようになった頃は、炊いて食べると網タイツのような筋が口の中に残るという大変なシロモノでしたが、今では日本と同じ質のものが一年中並んでいます。

同じ頃出始めた種なしミカン、その当時は、種なしのつもりで作ったはずが、種がたっぷり入っているものが多く、食べるのに苦労しました。今では、「サツマ」という日本のミカンと同じ味がするものに加えて、「クレメンティーネ」というより甘みが強くオレンジに近いものも登場し、こちらは日本のものより美味しいといえるかもしれません。カボチャも、ハローウィンで見かけるようなオレンジ色のものしかなく、これを試しに煮付けたりてんぷらにしようものならドロドロにとけてとんでもないことになっていましたが、最近は「ホッカイドウ」という銘柄で、日本と同じものが入手できることがあります。ドイツ人がサラダにして食べる白菜も、どこでも見かけることができます。

 イスラエル産の「Kaki(柿)」もあちこちで出回っているものの、ドイツ人にはまだそれほど浸透していないようで、私がスーパーで選んでいたら、どうやって食べるのか聞かれたこともあります。カールスルーエで私と一番仲良くしてくれたミュンヒゲザング家の庭には、キウイなどと並んで柿の木が植えられていて、食べさせてくれました。実はそれは大変な渋柿で、彼らは「これは柿独特の味よ」と言って喜んで食べていましたから、ドライフルーツにするともっと甘くなるよ、とだけ申し上げておきました。また食生活と教育にこだわるとある家庭では、生の大根を5センチくらいに輪切りにしただけのものを、おやつ代わりに子供にガリガリと食べさせていました。未知の食材に対する挑戦としまして、なかなか大胆ですよね。

このように、ドイツでもじりじりと食生活が変わりつつあります。肉食狩猟民族の権化のようなドイツ人が草食系になると、重厚で透明感など微塵もないところに味わいがあるドイツ音楽も、その良さが失われてしまうのではないか、そこが少し心配です。

 

PROFILE

渡辺克也 WATANABE KATSUYA

1966年生まれ。14歳よりオーボエをはじめる。東京芸術大学卒業。大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団入団。90年に第7回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位、併せて大賞を受賞。91年に渡独し、ヴッパータール交響楽団、カールスルーエ州立歌劇場管弦楽団、ベルリンドイツオペラ管弦楽団の首席奏者を歴任。現在ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。CDに『ニュイ アムール~恋の夜』『∞~インフィニティ』『リリシズム―オーボエが奏でる日本の美』(以上、ビクターエンタテインメント)、『インプレッション』『サマー・ソング』『ポエム』(以上、ドイツ盤Profil、日本盤キングインターナショナル)など。ベルリン在住。