私は、演奏するだけではなくて、オーボエCDのコレクターでもあります。気に入った素晴らしい演奏のCDは、聴きたい時にいつでも聴けるよう、そばに置いておきたい性癖です。オーボエ演奏のCDなどは、メジャーレーベルからリリースされていることは非常に稀で、大抵は名前も聞いたこともないような中小マイナーレーベルから細々と出ています。一度CD屋で見かけ、その時にたまたま持ち合わせがなく買わずに翌週再びCD屋を訪れて買おうと思ったものが、すでに売れてしまっていて2度とお目にかかることがない、カタログを見ても掲載すらされていない、などということになりかねません。あとで後悔しないためにも、興味をそそられるCDは、多少無理をしてでもその場で必ず買うことにしています。数えたことがないので正確な数字ではありませんが、1000枚は優に超えているはずです。コレクターの中にはもっと凄い方がおいでですので、このくらいではとても胸を張れませんが。

 素晴らしいCDにしようと努力する奏者の意気込みがビンビン聞こえ伝わってくるCDに、時折出会います。そういうCDは、何年にもわたり何回も繰り返し聴きたくなります。

録音されてから70年後も衝き動かされるフルトヴェングラーのCDの例にならい、誠に僭越ながら、私のCD70年後にもお聴きいただきたいと思っておりますので、自分のCD録音は、特に精魂込めて企画いたします。

70年後にも繰り返しお聴きいただける素晴らしいCDの条件とは、何でしょう? 特に大切な3本の矢は、演奏のクオリティー、会場の響きや録音技術による音のクオリティー、選曲、だと思います。

 演奏のクオリティーは、どのような演奏をすればその作品が最高の姿に仕上がるのか熟考し、それに沿ってしっかり練習することで、こればかりは当日のコンディションも含め、とにかく自己責任で頑張るしかありません。

 会場の響きにつきましては、必ず屈指の録音会場であるベルリンのイエス・キリスト教会で録音するというわがままを、CD会社に聞いていただいています。録音技師と共に、マイクを選んだりマイクとの距離を変えたりと試行錯誤を繰り返し、より良い響きをとことん追求します。美しい音で録音されているCDには、理屈抜きにとても惹かれます。

 さて、選曲ですが、オーボエのレパートリーはそれほど豊富ではありません。私が特にライフワークとして力を入れているオーボエとピアノによる編成の場合、超名曲が約10曲とそれに続く名曲がもう10曲くらいしかなく、それだけでは全部合わせてもCD4枚分くらいにしかなりません。レパートリーを拡大すべく知られざる名曲を探すには、常日頃からいろいろと情報を集めることが肝要です。1曲くらい迷曲が入っていてもいいだろうと思うのは、演奏者の驕りというものです。

 オーボエのCDを買い集めていると、非常に稀ではありますが、知られざる名曲に思わず心奪われることがあります。そういう時には大抵、自動的にそのまま、自分もこの作品を録音しようと即座に決心いたします。どれくらい稀かというと、30枚に1曲それも平均約12分くらいでしょうか。CD12000円として、6万円の投資ということになります。

オスロ・フィルハーモニー管弦楽団の副首席オーボエ奏者ブリンニャー・ホーフは、北欧のオーボエ奏者としましては市場に出回っているCDの数が最も多く、世界中に名前が知れ渡っています。世界中で一番大切なCD市場は日本、韓国、台湾だそうですね。日本のCD屋で入手した彼のCDに収められているノルウェーの作曲家マドゥセン作曲によるオーボエソナタを家で聴いた時には、思わず「マイン・ゴーット......」とため息まじりのドイツ語でゆっくりつぶやいてしまいました。惹き込まれる美しい作品の、温かく美しい演奏です。もちろん2012年にリリースした私のCD『ポエム』にも収録いたしました。

 CD『ポエム』の録音セッションでは、いの一番にこのソナタを録音し、とりあえず簡単に編集したものを急いでマドゥセンに送り、最終日に彼の教えに従い多少録り直しをしました。その御縁で私は今、ノルウェー国立音楽大学内U1018という室内楽用の小さなホール、81歳の作曲者マドゥセンがただ一人座っている目の前で、彼のオーボエソナタを演奏しています。その直後のコンサートのためのリハーサルなのですが、本番用の体力もリードもリハーサルのこの場で構わずで使い切ってしまうつもりで、極上リードを使い、特別な思いでのぞみます。

 実に美しい作品で、思い切りのめり込んで演奏します。CDでは喜んでいただけたけれども、生演奏を彼は一体どんな顔をして聴いてくれているんだろう、などと思い、ちょっとだけ......、ちょっとだけ......、そっとマドゥセンを覗いてみました。そうしたら......、泣いている......。作曲者マドゥセンが泣いている。心から喜んでもらえたんですねえ。こちらも演奏しながらついもらい泣きして......。

 コンサートは満席、演奏後にはマドゥセンとギュッと抱き合い、「ありがとうございました」と言われたので、「貴方の音楽の力ですよ」と返すと、「演奏してくれる人がいて初めて音楽になる。あなたが演奏してくれなかったら、楽譜はリサイクルに出すべくただの古紙でしかない」とおかしな冗談まで飛び出し、とても感動的なコンサートでした。

 今まだ比較的知られていないこの作品も、私のCD70年聴かれて、その間にこの作品に心動かされる人が出てくると、私も嬉しいです。81歳とは言っていますが、20歳は若く見える作曲家マドゥセン、これからも素晴らしい作品を世に出してくれることでしょう。

 ノルウェー国立音楽大学でオーボエを学ぶ生徒さんとも知り合え、40年前にドイツでシュタインツに学んだラルセン教授のもと、それ以降ひたすら軽量化に邁進してしまう前のドイツオーボエの黄金時代の姿を引き継いでいることにも、大変感銘いたしました。

 

 

 まったく関係のない話ですが、この国では首都から40キロ離れた新国際空港から都心まで、1998年に開通したフリートーゲ(Flytoget)という新幹線が、最高時速210キロ、所用時間19分で疾走しています。これに乗るにつけ、かつて成田新幹線が建設途中で頓挫したこと、誠に痛恨と思わざるを得ません。

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PROFILE

渡辺克也 WATANABE KATSUYA

1966年生まれ。14歳よりオーボエをはじめる。東京芸術大学卒業。大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団入団。90年に第7回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位、併せて大賞を受賞。91年に渡独し、ヴッパータール交響楽団、カールスルーエ州立歌劇場管弦楽団、ベルリンドイツオペラ管弦楽団の首席奏者を歴任。現在ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。CDに『ニュイ アムール~恋の夜』『∞~インフィニティ』『リリシズム―オーボエが奏でる日本の美』(以上、ビクターエンタテインメント)、『インプレッション』『サマー・ソング』『ポエム』(以上、ドイツ盤Profil、日本盤キングインターナショナル)など。ベルリン在住。