リード削り工具の一番基本は、リードナイフと下敷きの役割のために2枚のリードの間に挟み込むプラークです。 

アンドーナイフ.jpg

アンドー・リードナイフ(写真提供:日本ダブルリード株式会社


DSC_0057.JPG

リードにプラークを挟み込んだ状態(写真提供:日本ダブルリード株式会社


削るとは言いますけれど、鉛筆を削るように切り込んでいくのではなく、ちりやほこりをきれいに掃除していくような感覚で、表面をシュッシュッと動かします。切れない刃で力ずくで削ると、リードの繊維を押し潰してしまい、良い振動ひいては美しい音を得られません。ものすごく良く切れる刃を使い、わずかな力で木部を捉えられるのが理想です。

慎重に刃を動かしますので、リード削り作業中にあやまって指を切ってけがをしてしまうことは、まず皆無でしょう。しかしよくやるのは、カバンの中に入れておいたナイフを取り出そうとしたら、カバンの中で鞘が外れていて、刃そのものを掴んでしまい、イテッと思ったときにはすでに遅し。 

さて、リードを削り始めて1時間も経つと、もう最初の状態ほどナイフの切れ味は良くありません。

こうなってくると、本当はまた刃を研いでやらなくてはなりません。たとえそれが匠が高級な鋼材から制作した3万円もするリードナイフだとしても、刃を研がなければ、ただの金属の棒でしかないのです。

まず砥石を用意します。仕上げ砥ぎの理想は、刃の砥いだ面がピカピカ光って、鏡さながらに自分の顔が映ることです。しかし、そんなに目の細かい砥石では、わずかながら丸まってしまった刃先を再び尖らせることはできません。そこで、刃を立てるための目の粗い砥石、そしてその中間の砥石、都合三つくらいが必要になります。

刃物を砥いでいると、砥石もだんだんその部分だけへこんできたり、歪んできたりします。それを矯正するには、砥石を二つ、その歪んだ面同士を擦りあわせて砥いでやるのです。そんなわけで、砥石は必ず二つずつペアで入手します。

初めてリードの工具を買いに行くと、リード削りだけでも大変なのに、そのナイフを研ぎそのまた砥石も砥ぐことを知らされ、こんなにいろいろ買い揃え使いこなさなければならないのか......オーボエを志す多くの人が、自分はこの楽器に向いていないのではないかと面食らう瞬間でしょう。

砥ぐのも三段階こなすと結構面倒くさいひと仕事ですから、今日砥ごうと思ったところが、急用ができたり、電話で長話してしまったり、あるいはコンサート本番で疲れ果ててしまったり、ついついお酒が入ってしまったり、などとうまい具合に様々な理由がつき、延び延びになりがちです。

ドイツのハノーファーには、世界的に有名なリード工具の匠、クニベアト・ミヒェル(Kunibert Michel)がいます。せっかくドイツに住んでいるのですからと、匠のもとで刃物の砥ぎ方を極めに行ってまいりました。

ドイツ鉄道では、週末切符(Schönes-Wochenende-Ticket)という、土曜日あるいは日曜日に限り普通列車と快速列車のみに乗り放題の1日乗車券が販売されています。1992年から1996年のヴッパータール交響楽団時代、当時30マルク(当時のレートで約2000円)を払ってこの切符をゲットし、片道4時間かけてハノーファーまで往復しました。私は鉄道が好きなのと、お隣のデュッセルドルフで当時開かれた日本の古本市で11マルク(70)で夥しい量を入手した日本近代小説の文庫本をカバンに何冊か詰めましたので、4時間というのもあっという間です。

ミヒェルの土曜日は、11時ころから「蚤の市」でロシアから流れてくる工具の品定めをした後、ハノェーファーシュという黄色をした旨い地ビールの「呑みの店」で午後を過ごすのがおきまりでした。ここの造り酒屋の地ビールで喉を潤し、今日はビールの出来がイマイチだなどとブツブツ言うのを聞きながら、厳しくかつ愉しくナイフの砥ぎ方を教わったのです。それは、グラナディラというオーボエと同じ非常に硬い木を三つ砥石の形に切り、そこに20ミクロン、7ミクロン、2ミクロンの三種類の旧ソヴィエト製ダイアモンド・ペーストを塗りつけ、砥いでいくというものでした。ダイアモンドの粒が一部木に入り込み、刃に優しく当たりますから、鏡のように砥ぐために非常に具合が良のです。これもやはりハノーファーの蚤の市でタダ同然で入手したダイアモンド・ペーストを、使いました。

DSCN0867.JPG

旧ソヴィエト製ダイアモンド・ペースト。

左から、青色の20ミクロン、緑色の7ミクロン、黄色の2ミクロンの三種


DSCN0860.JPGのサムネール画像


グラナディラのブロック。ヴッパータール交響楽団の同僚の

ベアント・ハウク(Bernd Hauck)が、精密に切ってくれたものです。


最初は「演奏家のお前なんかには無理だ」と散々言われていたのが、何回も通った末には、「お前にもできたな」と言ってくれました。そのミヒェルも、高齢を理由にもう引退......。私にとりまして、非常に大きな財産となりました。

このような刃で削ると、リード木部の表面もピカピカと光り輝きます。大工さんに聞いたことですが、鉋がけでも同じ現象が起こるそうですね。もちろん、とても良い音がします。

ただ、このダイアモンド・ペーストが油性のため手が真っ黒になるのと結構手間がかかるのが困ったところで、ついつい廉価でしかも切れる状態の刃がいつも手軽に入手できる替え刃に、頼ってしまいます。レパック(Repac)という専門職人向けクオリティーの替え刃があり、これがたいそう良いのです。ただし、2ミクロンのダイアモンド・ペーストで砥いだ最高の刃には、贅沢を言うともう一歩及びません。

DSC_0037.JPG

ドイツ・レパック社製、専門職人向けカッターとその替え刃。

(写真提供:日本ダブルリード株式会社)


ここまで書いてみたところで突如、ではこの替え刃を2ミクロンのダイアモンド・ペーストで軽く研いでみたらどうか、と天の声が聞こえてきました。

オーボエ奏者は皆、突然聞こえてくるこんな天の声に導かれては、飽くなき試行錯誤の日々を送っています。

PROFILE

渡辺克也 WATANABE KATSUYA

1966年生まれ。14歳よりオーボエをはじめる。東京芸術大学卒業。大学在学中に新日本フィルハーモニー交響楽団入団。90年に第7回日本管打楽器コンクールオーボエ部門第1位、併せて大賞を受賞。91年に渡独し、ヴッパータール交響楽団、カールスルーエ州立歌劇場管弦楽団、ベルリンドイツオペラ管弦楽団の首席奏者を歴任。現在ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍中。CDに『ニュイ アムール~恋の夜』『∞~インフィニティ』『リリシズム―オーボエが奏でる日本の美』(以上、ビクターエンタテインメント)、『インプレッション』『サマー・ソング』『ポエム』(以上、ドイツ盤Profil、日本盤キングインターナショナル)など。ベルリン在住。