第7回  ひらがなかわいい

 「きゃりーぱみゅぱみゅ」にいちばん似合う書体は何か。
 難問である。
 アナウンサー泣かせの名前らしいが、発音だけじゃなく、実は「デザイナー泣かせ」でもあると思う。
 なにしろ字面のバランスが難しい。
 同じひらがなでも、「みうらじゅん」や「かまやつひろし」のような安定感がない(かわいくはないけど)。
 並んだ文字に濃淡がある感じで、見ていると気になってしまう。

 デビュー前の「きゃりーぱみゅぱみゅ」が初めてメディアに登場したのは、雑誌「KERA」2009年の夏のストリートスナップだった。
 原宿の交差点で偶然声をかけられた16歳の女子高生は、驚くべきことに最初から「きゃりーぱみゅぱみゅ」と名乗っている。
 しかしその時は、アンケートの余白に小さく書かれた、本人の文字にすぎなかった。
 写真のクレジットに掲載された名前は、カタカナの「キャリー」。
 名前にしては長すぎたからか、そもそも名前だと気づかれなかったのか。「活字」にはならなかったのだ。

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ジェイ・インターナショナル「KERA」(2009年11月号、vol.135)本人の直筆


 無名の少女が「mixi」のアカウントとして自分に与えた、もうひとつの名前。
 「きゃりーぱみゅぱみゅ」という、90年代には存在しなかったような文字列を、いつの間にか、私たちは多くのメディアで目にするようになった。
 それはもう「JKの落書き」ではない。
 別の誰かが、心に映ったイメージを重ねて、それぞれが思う「かわいい」書体を選んでいる。
 ひょっとしたら、その人は、おじさんかもしれない。「字面が悪いんだよなあ」なんてぼやきながら、パソコンの画面の前で、かちかち改行したり、角度をつけたりしているかもしれない。

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ジェイ・インターナショナル「KERA」(2011年11月号、vol.157)

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太田出版「Quick Japan」(2013年4月号、vol.107)


 白状すると、私自身も「きゃりーぱみゅぱみゅ」のファッションやヘアメイクに影響を受けた世代ではない。つけまつげも、つけたことがない。
 世界から注目を浴びるKAWAii(かわいい)カルチャーのアイコンとして、そうか、これが「かわいい」のか......と、思わず唸ってしまった大人のひとりである。

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きゃりーぱみゅぱみゅ「つけまつける」CDジャケット

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きゃりーぱみゅぱみゅ「ファッションモンスター」CDジャケット


 ファンタジーとグロテスクが入り交じった不思議な世界観や、エレクトロな音楽にあわせて、軽やかに変身する文字。グラフィック処理(図形化)されたアートワークも多い。
 その中では珍しく、既存のフォント〈新ゴ〉がもとになっている「インベーダーインベーダー」の歪んだ文字は、「用紙にプリントアウトして、紙を移動しながら再スキャン」する方法で作られたそうだ(誠文堂新光社『きゃりーぱみゅぱみゅアートワークス 2011-2016』STEVE NAKAMURA)。

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きゃりーぱみゅぱみゅ「インベーダーインベーダー」CD初回限定盤ジャケット


 私は〈新ゴ〉でかかれた「きゃりーぱみゅぱみゅ」が好きである。
 とはいっても彼女が「KERA」や「Zipper」のモデルとしてファッション誌で活躍するようになった頃、2000年代の終わりから2010年代に〈新ゴ〉が流行ったわけではない。どちらかといえば、そのときはすでに使い古された新鮮味のないフォントだったはずだ。
 でも発見するたびに、じっと眺めてしまう。
 しっくりくるというか、親しみを覚えるというか、何かを思いだしそうな気分になるのだ。それがずっと気になっていた。

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ジェイ・インターナショナル「KERA」(2011年11月号、vol.157)「もしもし原宿」


 本連載の第1回「文字が奏でる音楽」でも触れたように、〈新ゴ〉が世の中に登場したのはDTP黎明期の90年代半ばである。デジタルフォントの普及とともに、写植書体〈ゴナ〉の後継として広く使われるようになった。
 実はこのふたつの書体、かつてデザインが似ているという主張をめぐって裁判になり、フォントの著作権について議論を呼ぶきっかけを生んだ因縁があるという。
 不思議なもので、字の形は確かに似ているといえなくもないが、「きゃりーぱみゅぱみゅ」という語から受ける印象はまったく違う。

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〈ゴナ〉と〈新ゴ〉の書体比較


 昔から写研の書体が好きで、〈ゴナ〉か〈新ゴ〉どちらかと言われたら大抵〈ゴナ〉を選んでしまう私でも、「きゃりーぱみゅぱみゅ」は本当に〈ゴナ〉が似合わない! と、しみじみ感嘆する。
 〈ゴナ〉でかかれた「きゃりーぱみゅぱみゅ」は、お笑い芸人の一発ギャグみたいで、「ぱみゅ感」がゼロなのである。

 と、ここまで書いて、「ぱみゅ感」ってなんだ? と、自分でも戸惑っている。
 原宿にも「KAWAii」にも縁がなかったはずの私だが、心の奥で小さな動物を飼うように、きゃりーぱみゅぱみゅの存在に共鳴する感性が養われていたのだ。

 思えば、中高生のころは、いわゆる青文字系のファッション誌をよく読んでいた。
 90年代半ばから後半のあたりだが、特に「CUTiE」が大人気で、ちょうど岡崎京子や安野モヨコのマンガが連載されていた時期である。
 仲間内の誰ひとりとして原宿に行ったことはなくても、地元のおしゃれな古着屋を教えてくれたり、かわいい変なアイテムを「ソニプラ」で見つけてきたりする面白い友達は「CUTiE少女」が多かった。
 「CUTiE」の文字ではっきりと覚えているのは、〈ゴナ〉が主流だった写植の時代から、いちはやく〈新ゴ〉を取り入れ、表紙や目次などの目立つところで使っていたことだ。
 当時は気づかなかったが、DTP化によって〈ゴナ〉を選べなくなったわけではなく、意図的に違う書体を選んでいた。

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宝島社「CUTiE」(1997年9月号)目次


 同じ頃、藤原紀香や長谷川理恵がモデルをつとめていた「CanCam」は依然として徹底的に〈ゴナ〉を使い倒し、またアムラー全盛期のコギャル雑誌「egg」では〈ゴシックMB101〉を推している。〈新ゴ〉は出てこない。
 〈ゴナ〉に対するカウンターカルチャーとして登場した〈新ゴ〉のインディーズ感が、「みんなと同じになりたくない」という「CUTiE」のセンスにうまくはまったのだろう。
 数多くのスナップ写真で見た原宿の街と、女の子たちと、文字の記憶が、おそらくいまでも私の身体に残っているのだと思う。

 ところで、〈新ゴ〉が生まれる以前にさかのぼって創刊当時の「CUTiE」を調べてみると、たった数年で驚くほどビジュアルが異なっている。
 「かわいい」というフレーズがくり返し強調されるのは、90年代に入って誌面デザインと文字づかいが変化してからだが、一方で、「かわいい」という言葉にこめられた意味が、時代とともに変わってきたことにも気づく。

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宝島社「CUTiE」(1989年、vol.6) 目次

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宝島社「CUTiE 別冊宝島特別編集」(1988年3月号)『東京トンガリ・キッズ・スペシャル』


 本格的な創刊前の準備号といえる「CUTiE 別冊宝島特別編集」(1988年)には、「すべてのキュートな女の子たちへ」と題したメッセージが掲載されている。

 ローリーと私は退屈な午後の授業を抜け出してここまで走ってきた。授業中に隣りの席のローリーが私の耳元で突然こう言ったのだ。
 「ねえ、私達...私達、もう"カワイイ"だけじゃすまされないんじゃない」
ええええッと、私はイスから転げ落ちて腰を抜かしたね。だってさ、だってさ、生まれてこのかた17年間、ずっと"カワイイ"がイチバンッ! ってカタく信じこんできて、ただの一度だってその自分の"カワイイ信仰"を疑ってみたことなんかなかったから...。
 「だけどさ、ローリー、じゃあこの世にいったい"カワイイ"以上のものってある?」

(「CUTiE 別冊宝島特別編集」1988年3月号『東京トンガリ・キッズ・スペシャル』中森明夫)


 「ローリー」とは、主人公の大親友、ノリコのニックネームだ。
 なにやら「きゃりー」の出現を予言するかのような内容だし、女子高生がおしゃれに夢中なのはいつの世も変わらない。
 しかし明らかに違うのは、「ローリー」も「カワイイ」も、カタカナ表記であるという点だ。
 なぜかと問われても困るが、ひらがなの「かわいい」のほうがかわいい、と思ってしまう。そして、「きゃりー」をひらがなにしたセンスの凄味を改めて考えさせられる。「ぱみゅ感」とは、結局、過去と現在が融合しているということではないか。

 それで思いだしたが、「CUTiE」と並ぶ青文字系の代表格「Zipper」は、とにかく、ひらがなが多い雑誌だった。
 「Zipper」は「CUTiE」より数年あとに、やはり十代後半の女性をターゲットとして世に出た原宿系ファッション誌である。
 1993年の創刊当時は〈ゴナ〉主体だったが、「おしゃれびとのファッションソース誌」というキャッチフレーズを掲げた1996年頃から、文字づかいが大きく変化する。
 矢沢あいの人気マンガ『Paradise Kiss(パラダイスキス)』(地味な女子高生がファッションモデルを目指す物語で、主人公は、なんと「キャリー」と呼ばれている)が連載された最盛期の2000年前後には、高校生や大学生が読む雑誌にしては不自然なほど、ひらがなが多用されていた。
 だからどうしたというわけでもないのだが、何も疑問に思わなかったのは、そのほうが「かわいい」と知っていたからだ。

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祥伝社「Zipper」創刊号(1993年)目次

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祥伝社「Zipper」(2000年5月号)目次

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祥伝社「Zipper」(2000年5月号)「好き好き!花がらカタログ」より


 昔の友達はどうしているだろうと思い返すように、久しぶりに手にとってみたいと思った「CUTiE」も「Zipper」も、いまや紙のメディアとしては休刊になってしまった。
 聞くところによれば、最近は日本発の「KAWAii(かわいい)文化」が低迷しているともいう。
 でも、世の中から「かわいい」がなくなったわけではない。
 そんなはずはない。
 女の子たちはいまも昔と変わらずに「かわいい」ものが大好きで、日々、無数の「かわいい」を発見し、つぶやき、誰かと共有したいと願っているのだから。
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Profile

正木香子(まさき・きょうこ)

文筆家。1981年、福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。幼いころから活字や写植の書体に魅せられ、〈滋味豊かな書体〉をテーマに各紙誌にエッセイを発表している。 著書に『文字の食卓』『文字と楽園──精興社書体であじわう現代文学』(以上、本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)。type.centerでコラム「その字にさせてよ」連載中。