第8回 「給料が下がった話を語ったり聞いたりする問題」
右を見ても左を見ても、景気の悪い話が飛びかっています。倒産やリストラとまではいかなくても、「いやあ、給料下がっちゃったよ」といったセリフは、もはや挨拶代わりになっていると言っても過言ではありません。
気が滅入る話題ではありますが、暗く語ったところで、相手も自分もますます気が滅入るだけ。しかも、うっかり語り方を間違えると、己のセコさやお金に対する執着心のようなものが、実際以上に印象付けられてしまう恐れもあります。こうした危険性は、その手の話を聞く場合も同じこと。相づちの打ち方によっては、相手をムッとさせるだけでなく、人間性まで疑われてしまうでしょう。
給料が下がったという話題が身近になっている昨今だけに、大人としての華麗な語り方や、力強い受け止め方、あるいは無難な流し方について考えておきたいところ。大人力に満ちた語り方や語られ方をすることによって、給料が下がったショックが和らいだり、何よりの慰めになったりするかもしれません。まだ給料が下がっていない人も、そのへんのお作法をきっちり押さえておけば、いつ給料が下がっても安心です。
自分が下がった場合の粋な語り方
友達何人かとの酒の席で、給料の話になったとします。実は、不況のあおりで、今月から給料が一律10%カットされてしまいました。腹立たしい話ですが、怒りを素直に顔に出して、
「俺たちが悪いわけじゃないのに、ふざけた話だよ。あんな会社、もう長くないね」
などと言ってしまうのは、大人として軽率。「明らかに被害者の立場」であることにあぐらをかいて、遠慮なく負のオーラを振りまいて周囲まで不愉快にさせるのは、ひじょうに傲慢な態度です。しかも、辞める気もないくせに会社の悪口に精を出すことで、逆に会社によりかかっている甘えた了見が強調されてしまうでしょう。かといって、半端に強がって、
「ま、リストラされないだけマシだよ」
と言っても、しんみりした雰囲気になるだけだし、流れに身を任せてあきらめている覇気のない印象を与えてしまいます。
ここは、何とか強引に笑い飛ばしてしまうのが、逆境をはね返す大人のたくましさ。
「いやあ、10%カットだよ。まあでも、100万円の月給が90万円になるだけだから、どってことないけどさ。ハハハハ……って、言えたらいいんだけどなあ……」
そんなノリツッコミで周囲を呆れさせてみるのはどうでしょう。あるいは、
「10%減ってことは、ちょうど3年前の給料と同じぐらいなんだよね。3歳若返ったつもりで、気持ちも新たに張り切るとするかな」
どうせ無理に前向きになるなら、このくらい工夫した言い方を繰り出したいところ。
あの手この手で、「気の毒になあ」という同情の視線を「なるほど、うまいこと言うなあ」という尊敬の視線に変えた気になることで、自分自身も悲しさを軽減することができます。これぞまさに、大人の粘り腰。ま、どう頑張っても痛々しさが完全に払拭されるわけではありませんが、周囲にとってはしょせん人ごとであり、本気で心配しているわけではないので、自分が納得できればそれで大丈夫です。
下がった話を聞くときの粋な対応
ぜんぜん違う業種の友達から、
「ここのところ厳しくてさあ、ウチもとうとう給料一律10%カットになっちゃったよ」
という話を聞かされたとします。自分は幸いそういう目には遭っていません。この状況で、
「会社がつぶれたりクビになったりしたわけじゃないから、どうってことないよ」
と言って慰めるのは、あまりにも無神経。ハタ目には「このご時世だから、そういうこともあるだろうな」と思える話ですが、当人はこの世の終わりぐらいのショックを受けています。
ただ、気持ちに寄り添ってあげようとして、
「ひどい会社だなあ。社員を大事にしないなんて、重役たちがボンクラなんだろうね」
そんなふうに会社を責めるのは危険。身内の悪口と同じで、自分ではさんざん言いまくっていても、他人に言われると腹が立ちます。
ここも、さっきの裏返しで、
「10%か……。ってことは10万円も減ったわけだね。そりゃ、痛いなあ」
こう言って白々しくおだてることで、苦笑いしつつ気を取り直してもらうのはどうでしょうか。ただし、相手が察しが悪いタイプだと、意味がわかってもらえない可能性はあります。
もう少し手堅く慰めるなら、
「今みたいな悪い状況も、そう長くは続かないよ。景気が持ち直すまで、会社にカンパしてやってると思えばいいんじゃない?」
そんな言い方で、会社に対して優位な気持ちになってもらうのも一興。ちょっと無理がありますが、屈辱感や絶望感を少しは和らげることができるでしょう。この先、その業界を取り巻く状況が好転する見込みがあろうとなかろうと、そこは気にしなくても大丈夫です。
ただ、どう言ったところで、具体的に何か役に立てるわけではありません。「へえ、そうなんだ」と無難な相づちを打って、あとは相手の出方に合わせて対応するというのも、大人としての賢明な判断であり、せいいっぱいのやさしさでもあると言えます。
石原壮一郎
1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。
カラスヤサトシ
1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。