第12回 「金銭感覚の食い違いを無難に乗り越える問題」
愛は国境を越えたり年齢を越えたりはしますが、金銭感覚の食い違いは、簡単に乗り越えることはできません。それは単に収入の差で生じるわけではなく、もっと根深い問題。ひとつ間違えると人間性やら人生観やら、いろんなものを露呈してしまいます。
ものすごく気が合ってお互いを尊敬し合っているカップルでも、金銭感覚の食い違いが原因で破局を迎えるケースは少なくありません。誰が相手でも多少の違いはありますが、そこに無自覚で無頓着だとひじょうに危険。相手の金銭感覚に違和感を覚えたり、自分の金銭感覚について相手から指摘を受けたりしたときに、どう対処するか。まさに、大人としての考えどころであり踏ん張りどころです。
迎えなくてもいい破局を避けるために、相手との金銭感覚の食い違いを無難にスマートに乗り越える方法を探ってみましょう。恐ろしい魔物をきちんと退治できれば、ふたりの絆もさらに深まるに違いありません。
お金に無駄に細かい彼女に苦言を呈する
ごく普通の家庭に育って、ごく普通に働いている彼女。とくにお金に困っているわけではありませんが、いろんな場面で、こっちから見ると明らかに必要以上の細かさを発揮します。
今日も、夕食を家で作って食べようという話になって、スーパーに買い物に行きました。それはいいんですけど、特売の安い豚肉にするか、ちょっと奮発しておいしそうな「黒豚」にするかで意見が対立。「今日のメニューは豚肉がメインだから」と押し切って黒豚を買って帰りましたが、いざ食べる段になっても、
「安い豚肉でも同じだったんじゃないの......」
と不満そうです。極めて不愉快ですが、
「せいぜい100円か200円の違いで、いつまでもガタガタ言うなよ。ケチ臭いなあ」
なんて言ってしまったら、二度と修復できない亀裂が入ってしまうでしょう。お金に無駄に細かいタイプにいちばん言ってはいけないのが、「ケチ臭い」とか「貧乏臭い」という言葉。本人としては、けっしてケチで言っているのではなく、「お金の節約という正しい行為」を実践している正義の味方になったつもりでいます。もちろんお金は大事ですけど、節約というわかりやすい正義だけを振りかざして、食事を楽しむとか相手を不愉快にさせないとか、そっちのほうの正義をないがしろにしているところが、とっても浅はかだし自分勝手です。
ただ、そのへんの矛盾を突いたら、それはそれで面倒な対立を引き起こしそうなので、ここは話を微妙にずらしたいところ。
「いやあ、やっぱり黒豚は違うよ。100円か200円奮発しただけで、こんなに幸せになれるなんて、今日はいい買い物したよねー」
と言ってみることで、節約だけが正義ではないと暗に匂わせてみたり、
「安い豚でも同じだった可能性はあるし、それを疑う姿勢は大事だと思うけど、今は目の前の豚肉を堪能しようよ。この豚のためにも」
そんなふうに、持ち上げつつ別の正義を持ち出して押し切ってみたり......。どこまで意図が通じるかはわかりませんが、自分の生き方をせいいっぱい貫いた気にはなれそうです。
ま、こうした事態が頻繁に起きるようなら、うわべだけ取り繕っても仕方ありません。時には破局を覚悟で正面からぶつかるのも、大人の覚悟でありあきらめだと言えるでしょう。
細かさを批判されたときの望ましい態度
いっぽう、彼から金銭感覚の細かさを批判されたときは、どんな態度を取ればいいのか。さっきの豚肉の例や、あるいは喫茶店でランチを食べようとしたら、彼が「本日のサービスセット」ではなく、あえて割高な単品同士をオーダーしようとしていたとします。黙って見過ごせずに「そっちより、こっちのほうがお得じゃないの」と言ったら、呆れた口調で、
「たいした違いじゃないからいいよ。そんな細かいことばっかり気にしてて疲れない?」
と批判してきました。極めて不愉快ですが、
「小さな金額に無頓着になることで、豪快なオレを見せ付けているつもり? それってむしろ人間がちっちゃい証拠に見えるけど」
なんて言ったら激怒されるのは必至。たいていの場合はまさにそのとおりで、本当はケチだったりセコかったりするタイプほど、どうでもいいところでどうでもいい金額を浪費して「お金にこだわらない自分」を強調したがります。そこを指摘して根深いコンプレックスをえぐり出すのは、危険だし残酷。かといって目先の平和を求めて、「○○君らしいね」とか何とか半端におだてて調子に乗らせたら、今後ますますイライラさせられそうです。ここは、
「知ってる? 昔から『一円を笑うものは一円に泣く』っていう言葉があるんだよ」
そんなふうにあえて説教臭い言い方で自分のスタンスを明確に示したり、
「私が細かすぎるのかなあ......」
と考え込んで相手のスタンスに異を唱えたりしてみましょう。もしかしたら、こっちの態度を見た彼が、意味のない虚勢を張っている己のみっともなさに気づいてくれるかもしれません。しかし、自分を省みようとする姿勢がカケラも見えず、こっちの細かさをさらに責め立てて自己満足を得ようとしてきたら、今後の付き合い方を考え直したほうがいいでしょう。
石原壮一郎
1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。
カラスヤサトシ
1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。