第9回 定額給付金への期待や違和感をどう語るか問題
去年から論議を呼んでいた定額給付金。さんざん大騒ぎした末、結局は実施されることになりました。金額は、ひとり1万2000円(65歳以上と18歳以下は2万円)。給付の時期や方法は自治体によってまちまちで、4月以降にお役所が各自に申請書を送付し、銀行振り込みで受け取るパターンが多いようです。手続きに時間がかかる都市部などでは、手にできるのは6月ごろになりそうなところもあるとか。
実施が決まるまでは、あちこちで批判の嵐が渦巻いていましたが、いざ決まってからは「ま、くれるというものは、もらっておくか」という雰囲気になってきました。さっそく、旅行会社が「定額給付金で出かけよう!」といったキャンペーンを始めたり、通販サイトで「定額給付金セット」と銘打ったお取り寄せ商品が企画されたりなど、便乗商法(?)が盛り上がっています。これから先、「給付金詐欺」の報道をたくさん目にすることにもなるでしょう。
もらえるのは確かに嬉しいけど、無邪気に喜ぶのもはばかられる微妙な意味合いのあぶく銭に対して、大人としてどんな態度を取ればいいのか。今回は、大人のお金力を発揮した、定額給付金の語り方について考えてみましょう。
「何に使う?」という話題になったら
同僚とでも友達とでもいいのですが、何かの拍子に「受け取ったら、何に使う?」という話になったとします。正直なところ、
「1万2000円もらったって、何となくなくなっちゃうよ」
と思っている人も多いでしょうが、それでは話が盛り上がりません。しかも、べつにそういうつもりじゃないのに、「お金に余裕があるアピール」と受け取られる危険性もあります。
かといって、「とりあえず貯金かな」と言ってしまうのも、夢がない話。たとえ実際はそうするつもりだったとしても、ここはひとまず、1万2000円という金額をベースにできるだけ楽しい使いみちを考えてみましょう。
「古本屋さんに行って、読みたかったマンガを全巻大人買いしようかな」
そんなプランで趣味人っぽさや少年っぽさをアピールするもよし、
「一か八かでギャンブルに投資して、当たったらパァーッと豪遊しようかな」
と言い放って「豪快なオレ」を見せ付けるもよし。使い方のプランを通じて何らかの自己表現をしてしまうのが大人の貪欲さです。
言うまでもなく、他人が語るプランに対しては、それを通じて相手が何を表現したがっているのかを汲み取ってあげたいところ。
「自分で何となく使っちゃっても仕方ないから、親を誘って食事にでも行こうかな」
そう言っている隣の席の女性社員は、もちろん、「へえ、○○ちゃんって、親思いなんだね」というセリフを期待しています。なかには、
「いまいち納得できないお金だから、どっかに寄付しちゃおうかな」
そんな社会派なプランを述べる人もいるかもしれません。納得できない理由やどこに寄付するつもりかを詳しく聞いても、たぶん相手は口ごもるだけ。とりあえず、「へえ、すごいね」と驚いておきましょう。給付されたあとに「どこに寄付したの?」と聞くのも禁物です。
結局はなし崩しの状況を嘆いてみる
盛んに論議されていたときには、勇ましい口調で「ホント、くだらないこと考えるよな!」と憤っていた人がたくさんいました。ただ、そういう人たちが、今、「オレは意地でもそんなものは受け取らない!」と言っているかというと、どうやらそういうわけではなさそうです。
そんな絵に描いたような「なし崩し」の状況をどう語るかも、大人のお金力が問われる場面。ノンキな口調で「もらえることになってよかったね!」とはしゃぐのは、けっこう勇敢な姿勢ではありますが、お金とあまりにも単純に付き合っている様子が露呈してしまいます。たとえば、使いみちの話になったついでに、
「いくら反対されても強引にバラまいちゃえば、みんな黙って受け取るし、うっかり感謝しちゃったりもしそうだもんなあ。やっぱり政治家は、お金の力をよく知ってるよね」
などと呟いて、お金の怖さや、お金に対する人間の弱さを嘆いてみるのも一興。ただ、なんせ自分も受け取るだけに、傍観者的な分析で悦に入っているだけではフェアじゃありません。
「オレも決まるまでは絶対にやらない方がいいと思ったけど、もらっちゃうよね……。お金って、つくづくややこしいよね……」
そんなふうに己の弱さを認めつつ、あれこれ葛藤している気配をチラつかせることで、お金について深い考えや哲学を持っているように見せてしまいましょう。
やがて選挙が行なわれた暁には、どんな結果になっても「定額給付金の実施が及ぼした影響」について、いろんな解説が乱れ飛ぶはず。そのときも、あれこれ言い方を考えることで、大人のお金力をアピールできそうです。これだけ膨大な予算とコストをかけて実施されるわけなので、買い物をしたり貯金したりするだけでなく、幅広く活用させていただきましょう。
石原壮一郎
1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。
カラスヤサトシ
1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。