第11回 「同棲の解消に伴なうトラブルに立ち向かう問題」
男女関係のいろんな場面で、お金は何かとややこしい存在感を発揮します。しかも、「金の切れ目が縁の切れ目」になることはあるものの、必ずしも「縁の切れ目が金の切れ目」になってくれないのが厄介なところ。まして、コトが同棲の解消となると、お金がらみの面倒かつ深刻な問題が次々に勃発します。
相手が今月分の家賃を払わずに出て行った、立て替えて続けていた食費を返して欲しい、いっしょに買ったテレビはどっちのものか......などなど。しかも、それなりに感情的な対立やシコリがあって同棲を解消したわけなので、円満な話し合いをするのは容易ではありません。連絡を取るだけでも、大きな勇気が必要です。
精神的に激しく打ちのめされている状態だからこそ、大人のお金力を発揮して、自分を奮い立たせたり華麗に問題を片付けたりしたいところ。次の幸せをつかむためにも、できるだけ素早くスッキリと、気持ちとお金の収支決算をしてしまいましょう。
事務的な雰囲気をことさら強調する
突発的な別れではなく、ちゃんと話し合っての同棲解消だったとしても、お金の話はウッカリ忘れがち。彼が出て行ったあとで、
「あっ、そういえば、ここ何ヶ月か家賃の半分をもらってなかった」
と、立て替えっぱなしだったことを思い出したとします。金額にすれば10数万円。あきらめたくはない額です。彼はきっと言えば払ってくれるでしょうけど、さてどうするか......。
心配なのは、連絡を取ることで「こいつ、ヨリを戻したいと思ってるのかな」とあらぬ誤解を受けることと、まったくの言いがかりですけど「こいつ、意外と金に汚いな」という印象を与えてしまうこと。ただ、前者の誤解を受けないようにと気を回しすぎて、
「言っとくけど、未練があって連絡したんじゃないからね」
などと念を押すのは逆効果です。メールにせよ電話にせよ「きちんと清算しておきたいことがある」と、わざわざ「清算」という単語を使って事務的な雰囲気を強調しましょう。
さらに、家賃の清算だけではなく、無理やりにでもほかの清算もひっくるめてしまいます。たとえば、お金を出し合って買った家電製品なり日用品なりのリストを作って、「私が使わせてもらう代わりに、○万円払うということでどうですか」と提案。その上で、家賃を立て替えた金額を書いて、差し引きの金額を請求すれば、「お金にキッチリしている」という印象が前面に出て、取りっぱぐれそうなお金を返してもらうという最大の目的を曖昧にできます。
わざわざ自分から「使用権料」の支払いを申し出るのは損のような気もしますが、大きな目的のためには多少の負担は仕方ありません。それでちゃんと立て替え分を返してもらえて、お金に汚いと白い眼を向けられずに済んで、しかも彼が置いていったものを気兼ねなく使えると思えば安いもの。そんなふうに、自分がトクをしたと納得できる落としどころを強引に見つけるのが、大人のお金力です。
ま、なかには、なんだかんだ言って払ってくれないタイプの彼もいるかもしれません。そのときは「勉強になったと思うしかないか」というベタな言い方のありがたさに頼って、素早く気持ちを清算しましょう。「そういうヤツとわかったおかげで、未練を残さずに済んでありがたい」と思えば、さらにオトク感が増します。
元の同棲相手に引っ越し代を請求された
彼女とあれこれあった末に、「じゃあ、これまでどうもありがとう」とか何とか言って、同棲していた部屋を出たとします。ところが、半月後ぐらいに彼女から、こんな連絡が......。
「今の部屋に住み続けるのは辛いから、引っ越ししようと思う。あなたにも半分責任があるんだから、引っ越しの費用を半分出して欲しい」
予想外の提案ではあるものの、理屈は通っている気もします。彼女がそう言うなら、カッコよく払ってあげたいところ。ただ、自分だって引っ越ししたばっかりなので、そんな余裕はありません。だからといって「○月まで待って」と先延ばしにしたり、分割払いを提案したりするのは、大人として往生際が悪いし、半端につながりを保つのは何かとリスキーです。
「出してあげたいけど、今、出せるのはこの金額が限界なんだ。ごめん」
そう謝りつつ、せいいっぱいの金額で許してもらいましょう。相手の希望額にどこまで近づけるかは、懐具合と大人の意地のせめぎあいです。ただし、別れた原因の大半は彼女にあって、「ふざけるな!」と思った場合は、無理をする必要はありません。たとえ罵られようと、出す必然性がないと考えるお金はあくまで出さないのも、大人の美学でありお金力です。
かき集めて希望通りの額を振り込むにしても、メールに不服そうな気配をにじませたり、恩着せがましい言い方をしたりするのは禁物。
「こんにちは。お金、振り込みました」
そんなふうに、力いっぱい素っ気なく知らせましょう。それが、自分のことを早く忘れてもらうための大人のやさしさであり、ややこしい事態を防ぐ大人の知恵です。
石原壮一郎
1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。
カラスヤサトシ
1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。