第13回 「知人同士の売り買いで、金額を提案する問題」

 モノやサービスの値段は、常にはっきり決まっているわけではありません。友達から古いパソコンを売ってもらう、急に行けなくなったコンサートのチケットを譲りたい、アルバイト的に仕事を手伝ってもらう......。いくらが妥当なのか、いろんな要素が絡み合って、複雑で高度な判断が必要になってきます。落としどころを間違えると、どちらかに釈然としない思いが残って、関係の悪化を招きかねません。
 何をどう判断して金額を提案すればいいのか。そもそも、お金をもらう側が「○○円でどう?」と提案するのか、あるいは、払う側が提案するのか。気前のよさを見せたいのは山々ですが、必要以上に見せすぎると「損しちゃったかな......」という後悔の念や、ヘタすると相手への恨みを抱く羽目になります。
 値段が決めづらいモノやサービスをやり取りする場面では、わだかまりを残さず、できればお互いに「得した」と思える金額を提示したいところ。大人のお金力を発揮した、適切な落としどころの見つけ方を探りましょう。

何かを売ってもらう場面で金額を示す

 新しいノートパソコンを買った友達が「今まで使ってた古いヤツ、よかったら買わない?」と聞いてきました。ちょうど適当なのが欲しいと思っていたので、ひじょうにありがたい話です。ただ、いくらで買えばいいのか......。
 友達は「中古ショップに売ってもたいした金額にならないし、いくらでもいいよ」と言ってくれてはいますが、安く買いすぎたら軽い恨みもついでに買いそうだし、そのパソコンを楽しい気持ちで使えないでしょう。極限まで金額を抑えようとせず、もう少し値切る余地を残しておくという"損"をして大きな得を取るのが、大人としての真の貪欲さにほかなりません。
 値段がないとはいえ、だいたいの相場はあります。たとえば、自分としては「3万ぐらいが妥当かな」と思っていたとしたら、ややこしい駆け引き抜きで、まずはその金額を提示しましょう。そのときは、
「安いかもしれないけど、3万でどう?」
 そんなふうに下手に出るのが、相手に満足感を覚えてもらう大人の知恵。同じ金額でも、「じゃあ、3万で買ってもいいよ」と偉そうに言ったら、相手に不満や恨みが残ってしまいます。
 気持ちよく取引きを終えるために、本当に肝心なのはこれから。仮に相手が、ちょっと不満そうに「うーん、じゃあ、それでいいよ」と言ったとしても、金額を上乗せするのはグッと我慢しましょう。ハッキリと「うーん、もうひと声」と言ってきたのなら話は別ですが、「それでいい」と言っているのに金額を変えたら、向こうは自分が強欲野郎と思われたかもしれないと不安になるし、こっちも無理やりぶん取られたという気分になってしまいます。ただし、後日、品物とお金を交換するときに、
「じゃあこれも、気持ちってことで」
 と言いながら空のCD-Rの10枚もオマケにつけるのが、大人の粋な小技。いい気持ちになれて確実に自分の株も上がるだけに、1000円程度の支出は安いものです。
 逆に、向こうが「えっ、そんなにもらっていいの!?」と意外そうな反応をしたとしても、額面どおりに受け取るのは禁物。そこで油断して「じゃあ、2万5000円でいい?」と言ってしまったら、相手はあなたに対する評価を一気に下げてしまうでしょう。あくまでも「こっちこそ、あんまり出せなくて申し訳ないけど」と謙虚な姿勢を貫くのが、せっかくの支出を最大限に有効に生かす必須条件です。ま、こっちの場合はオマケをつける必要はありませんけど。

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何かを買ってもらう場面で金額を示す

 友達に何かを買ってもらう場面で、自分が金額を示す流れになることもあります。そこそこ人気のあるアーティストのコンサートに、前日になって急に行けなくなりました。このままではチケットが無駄になってしまいます。そのアーティストの大ファンである友達に連絡したら、大喜びで「行く行く!」という返事。さて、そうなったら今度は値段交渉です。
 オークションなどでは多少のプレミアムが付くチケットですが、なんせ前日になって自分の都合で買わせるだけに無理は言えません。定価で引き取ってもらえたら十分と考えるのが、目先の欲望に惑わされない大人としての落ち着いた判断です。その上で、まずは、
「申し訳ないけど、定価の1割引きでどう?」
 と控え目なラインで打診してみましょう。向こうが「それだと悪いから、定価でいいよ」と言ってくれれば、相手は太っ腹な自分に満足感を味わえるし、自分も得した気になれます。すんなり「そう、悪いね」と納得されても心配はいりません。その場合は、相手が得した気分、自分が太っ腹気分を味わえます。
 べつにプレミアムが付くほどの人気チケットではなく、友達もとくに大ファンではないとしたら、そんな美しい展開にはなりません。まあ、半額で買ってくれたら御の字でしょう。しかし、カッコつけて「いくらでもいいよ」と言ったら、たぶん半額には届かないし、相手も金額に関わらず「出しすぎたかな......」という後悔が残ってしまいます。多くを期待できないときほど、あえて胸を張って、
「半額でよかったら、買ってくれない?」
 という感じで持ちかけたほうが、お互いに納得できる取引きができるでしょう。立場が強いときは下手に出たほうが何かと得策ですが、立場が弱いときに下手に出ると自分の中に釈然としない思いが残りがちだし、相手にも余計な気をつかわせてしまいます。
 この手の微妙な取引きで、お互いに満足できるか不満が残るかは、結論の出し方次第。大人のお金力を発揮して、いろんな種類の得をつかみ取りましょう。しかもありがたいことに、大人のお金力はいくら発揮してもタダです。

【問題】

友達から買ったパソコンを部屋に置いておいたら、遊びに来た別の友達に「これ、どうしたの?」と聞かれた。「○○から3万で買った」と答えたら、「えー、それは高いんじゃないの。これなら2万でいいよ」と言われたが、さて、どう答える?

①「そんな気がしたんだよな。あいつ、ぼったくりやがって!」と悔しがる
②「もう買っちゃったんだから、しょうがないよ」と鷹揚な態度を見せる
③「まあ、ちょっと多目に払ったほうが気持ちいいじゃん」と持論を述べる
④「えっ、そうかなあ。でも、けっこう性能いいよ」とパソコンを擁護する

答えと解説

【解説】
 満足や納得を追い求める旅は、買ったあとも続きます。余計なことを言うこの友達のように、行く手を阻む敵が次々と現われますが、大人力でなぎ倒して力強く突き進みましょう。この場合も、目の前のそいつに「せっかく気持ちよく使ってるのに、そんなこと言わなくていいじゃん」と言いたいのは山々ですが、相手はむしろ善意で言っているつもりなので話がややこしくなるし、根本的な解決にもなりません。
 いくらその場を無難に収めたいからといって、売った友達を「ぼったくり」呼ばわりして悔しがる①は、人としてあんまりな所業です。そもそも、納得して値段を決めたはず。それだけに③の言い方も、一見カッコよさげですがけっこう卑怯です。仮に「多目に払った」と言えなくもないニュアンスだったとしても、こんなふうに威張ってしまったら台無し。鷹揚な態度を見せる②も、払いすぎを認めているように聞こえるでしょう。
ここは④のように、パソコンを擁護するのがもっとも得策。「2万でいいよ」と言っている友達の顔を立てつつ、3万で買ったことをあらためて納得し、パソコンへの愛を深めることができます。かばってもらって、パソコンもきっと喜んでくれるでしょう。

【答】 ①-0点 ②-3点 ③-1点 ④-5点

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石原壮一郎

石原壮一郎

1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、93年に『大人養成講座』でコラムニストとしてデビュー。独特の筆致とスタンスが話題を呼び、以来、日本の大人シーンを牽引し続けている。
主な著書に、『大人力検定』『大人力検定DX』(文春文庫PLUS)、『父親力検定』(岩崎書店)、『30女という病』(講談社)などがある。本連載では、「お金」という大人が避けて通れない難問に真っ向から挑み、このややこしい大人社会を生き抜くためのお金力を養うための画期的なヒントを浮かび上がらせていく予定。

カラスヤサトシ

カラスヤサトシ

1973年大阪府生まれ。会社員の傍ら漫画を執筆、95年にデビュー。03年から「月刊アフタヌーン」の読者ページの欄外に、身の回りで起こったおかしな出来事や思い出をエッセイ風に紹介した四コマ漫画・「愛読者ボイス選手権 特別版」を掲載、その独特の作風が反響を呼び、06年には連載ををまとめた単行本『カラスヤサトシ』(講談社)を出版(現在3巻まで発行)。その後『萌道(もえどう)』(竹書房)を出版。
本連載では、会社員生活とフリー生活で培った金銭感覚をもとに、独自の視点でお金にまつわる諸問題に挑む予定。